硬さをほぐす創造力:アート思考・デザイン思考が引き出す地域課題解決の『ユーモア』と『遊び』
地域課題解決に取り組む現場では、複雑な利害関係、繰り返される議論、予算や時間といった制約の中で、時に息苦しさや閉塞感を感じることがあります。真剣に取り組むあまり、場が硬直し、新しいアイデアが生まれにくくなることも少なくありません。
こうした状況を打破し、よりポジティブで創造的なプロセスを生み出す鍵の一つに、「ユーモア」や「遊び」の要素を取り入れることが挙げられます。一見、真面目な地域課題解決とは相容れないように思えるかもしれませんが、アート思考とデザイン思考は、まさにこの「硬さをほぐす」ための視点や手法を提供してくれます。
本稿では、地域課題解決におけるユーモアと遊びの重要性を探り、アート思考・デザイン思考をどのように活用してそれらを引き出し、より効果的な実践につなげるかについて解説します。
地域課題解決におけるユーモアと遊びの力
地域課題は多岐にわたり、解決への道のりは容易ではありません。関係者の意見の対立、住民間の無関心、変化への抵抗など、様々な障壁が存在します。このような状況でユーモアや遊び心は、以下のような効果をもたらす可能性があります。
- 関係性の構築と心理的安全性の向上: ユーモアや遊びは、初対面の人同士の緊張を和らげ、親近感を生み出します。共通の笑いや軽い遊びを通じて心が開き、お互いをより人間的に理解できるようになります。これにより、率直な意見交換や建設的な批判がしやすい心理的安全性の高い場が醸成されます。
- 発想の転換と創造性の刺激: 真面目な議論だけでは思いつかないような突飛なアイデアや、斜めからの視点は、ユーモアや遊び心のあるリラックスした雰囲気の中で生まれやすくなります。「これは面白いかも」という軽い気持ちが、思考の枠を外し、新たな可能性を切り拓くことがあります。
- ポジティブな雰囲気と参加意欲の向上: 重苦しい雰囲気の中で課題に取り組むのは骨が折れますが、そこに楽しさやユーモアが加わることで、活動自体が魅力的になります。参加者のモチベーションを高め、継続的な関与を促す効果が期待できます。
- 対立の緩和と柔軟な対応: 意見の対立が生じた際、ユーモアは場の空気を和らげ、感情的なこじれを防ぐクッションとなり得ます。また、予期せぬ事態や困難に直面した際に、遊び心を持って状況を楽しむ視点は、柔軟な発想で乗り越える力となります。
アート思考が引き出すユーモアと遊び心
アート思考は、既存の価値観や常識にとらわれず、「なぜ?」と問いを立て、独自の視点や表現を追求する思考法です。このアート思考は、地域課題解決のプロセスにユーモアや遊び心をもたらす上で重要な役割を果たします。
- 「問い」の力: アート思考の根幹にある「問い」は、当たり前だと思っていることを揺さぶり、物事を異なる角度から見るきっかけを与えます。「この課題を最もばかばかしく解決する方法は?」といった問いは、ユーモラスな視点から本質に迫る斬新なアイデアを生み出すことがあります。
- 非日常性の導入: アーティストが作品を通して日常とは異なる視点や感覚を提示するように、アート思考は地域活動に非日常性をもたらします。普段とは違う場所で集まる、変わった形式で対話するなど、意図的に「遊び」の要素や非日常的な体験を組み込むことで、参加者の硬くなった頭と心を解きほぐします。
- 感情や感性の重視: 論理や分析だけでなく、感情や感性を重視するアート思考は、地域の人々の内に秘めた想いや、言葉にならない感覚に寄り添います。これは、ユーモアや遊びが人々の感情に直接働きかけ、共感や共鳴を生むことと深く結びついています。人々の心を動かすような、感覚的なアプローチがユーモアや遊びを生み出す源泉となります。
デザイン思考が実践するユーモアと遊び心
デザイン思考は、人間中心のアプローチで課題を発見し、共感、定義、アイデア創出、プロトタイピング、テストといったプロセスを経て解決策を形にする思考法です。デザイン思考は、アート思考によって引き出されたユーモアや遊び心の要素を、具体的なアクションや活動に落とし込むためのフレームワークを提供します。
- 共感(Empathize)段階での遊び: 住民へのインタビューや観察を行う共感段階で、少し遊び心のある仕掛けを取り入れることができます。例えば、ただ話を聞くだけでなく、一緒に簡単なゲームをしたり、絵を描いてもらったりすることで、リラックスした雰囲気を作り、本音や隠れたニーズを引き出しやすくなります。
- アイデア創出(Ideate)段階でのユーモア: ブレストなどのアイデア出しの際に、「もし魔法が使えたら?」「一番ふざけたアイデアは?」といった問いを投げかけることで、笑いを誘いながら自由な発想を促します。突飛なアイデアの中にも、課題解決のヒントが隠されていることがあります。
- プロトタイピング(Prototype)段階での「試してみる」精神: デザイン思考の核であるプロトタイピングは、「完璧でなくて良いから、まずは形にしてみる、試してみる」という遊び心に満ちたプロセスです。模型、寸劇、ストーリーボードなど、様々な形式でアイデアを素早く形にし、みんなで触れて、笑って、意見を出し合うことで、改善点が見えてきます。失敗を恐れず、「遊び半分」で試すことが、より良い解決策につながります。
- テスト(Test)段階での率直なフィードバック: 作成したプロトタイプを対象となる人々に試してもらい、フィードバックを得る段階でも、ユーモアや遊び心のある雰囲気は重要です。「ここがちょっと変だよ」「こうしたらもっと面白くなるね」といった率直な意見は、リラックスした関係性の中でこそ得られやすいものです。
実践への応用:ユーモアと遊びを取り入れたワークショップの設計
地域課題解決に向けたワークショップやミーティングにユーモアと遊びを取り入れる具体的な手法をいくつかご紹介します。
- アイスブレイクの工夫: 参加者がリラックスし、互いに関心を持つためのアイスブレイクは非常に重要です。
- 「隣の人と互いの『秘密の特技』をジェスチャーで当てっこする」
- 「子どもの頃になりたかったものを一言で共有する」
- 「指定されたテーマについて、最も面白い(またはありえない)体験談を話す」 といった、少しユーモラスで個人的な一面が垣間見えるような問いかけや、簡単な身体を使ったゲームを取り入れると効果的です。
- ファシリテーションのトーン: ファシリテーター自身の言葉遣いや態度にユーモアを取り入れます。場の空気を読み、適度なところで笑いを誘ったり、参加者の発言を面白おかしく拾い上げたりすることで、議論の硬さを和らげることができます。ただし、特定の個人をからかうような内容は避け、場全体の雰囲気を明るくすることに徹します。
- ツールの活用:
- ビジュアルツールの導入: 堅苦しい資料だけでなく、イラスト、写真、動画、あるいは参加者が自由に絵を描ける大きな模造紙などを用いることで、視覚的に遊びの要素を取り入れられます。
- ゲーム感覚のワーク: 課題をカードゲームのように扱ったり、制限時間内にどれだけ面白いアイデアが出せるか競争したりするなど、ゲームのルールや要素をワークに取り入れます。
- 役割演技(ロールプレイング): 地域課題に関わる様々な立場の人になりきって話し合うことで、普段とは違う視点に立ち、ユーモラスな発見があることがあります。
- 物理的な環境の工夫: 会場をいつもと違う場所にする(公園、カフェ、古い建物など)、BGMを流す、軽食を用意する、飾り付けをするなど、場の雰囲気自体に遊び心を持たせることも有効です。
実践上の課題と留意点
ユーモアや遊びを取り入れることは有効ですが、無計画に行うと逆効果になる可能性もあります。以下の点に留意が必要です。
- 目的を見失わない: ユーモアや遊びはあくまで課題解決のプロセスを円滑に進めるための手段です。単に騒ぐだけで終わったり、議論が脱線しすぎたりしないよう、常に活動の目的意識を共有することが重要です。
- 参加者の多様性への配慮: ユーモアのセンスや遊びへの抵抗感は人によって異なります。特定の文化背景や価値観を持つ人が不快に感じるような内容は避けるべきです。全ての参加者が安心して楽しめるような、普遍的でポジティブなユーモアや、参加を強制しない自由な遊びの要素を取り入れる配慮が必要です。
- 「真面目さ」とのバランス: 地域課題は多くの人にとって深刻な問題です。遊びやユーモアを交えつつも、課題の本質に対する真摯な姿勢、関係者の感情への配慮は決して忘れてはなりません。深刻な問題と向き合うべき場面では、適切なトーンに戻す判断が求められます。
- 抵抗勢力への対応: 特に既存の活動に慣れている人々の中には、「遊び感覚でやっているのか」と批判的な見方をする人がいるかもしれません。なぜユーモアや遊びを取り入れることが課題解決に有効なのかを丁寧に説明し、具体的な成果につなげていくことで理解を得ていくことが大切です。
まとめ
地域課題解決の現場に、アート思考とデザイン思考の視点からユーモアと遊び心を取り入れることは、場の硬さをほぐし、関係性を強化し、創造的なアイデアを生み出すための強力なアプローチとなり得ます。
アート思考は、既成概念を疑う「問い」や非日常性の導入を通じて、ユーモアや遊びの素地を耕します。デザイン思考は、共感、アイデア創出、プロトタイピングといったプロセスの中で、具体的なワークショップの手法やツールの活用を通じて、遊び心ある実践を可能にします。
もちろん、ユーモアと遊びは万能薬ではありませんし、全ての場面に適しているわけではありません。しかし、適切に取り入れ、真面目さとのバランスを保つことで、地域課題解決のプロセスをより人間的で、ポジティブで、そして何よりも「楽しく」変えていく可能性を秘めています。
地域での活動に行き詰まりや閉塞感を感じている方は、ぜひアート思考・デザイン思考の考え方を参考に、少し肩の力を抜いて、ユーモアや遊びの要素を取り入れてみてはいかがでしょうか。きっと、新しい発見や、思わぬ良い変化が生まれるはずです。