アート思考・デザイン思考で紡ぐ世代間連携:地域共創を加速する実践アプローチ
地域における世代間連携の重要性とアート思考・デザイン思考の可能性
地域課題の解決や新しい価値創造において、多様な視点を取り込むことは不可欠です。特に、地域に暮らす異なる世代間の連携は、豊かな知恵、経験、そして未来への希望を結びつけ、持続可能な地域づくりを進める上で極めて重要になります。しかし、世代間の価値観の違い、コミュニケーションスタイルの相違、活動への参加動機の違いなどから、スムーズな連携が進まないケースも少なくありません。
このような課題に対し、アート思考とデザイン思考のアプローチが有効な示唆を与えてくれます。アート思考は、既存の枠にとらわれず本質的な「問い」を探求し、新しい視点や感性を生み出すことを促します。一方、デザイン思考は、人間中心のアプローチで課題を深く理解し、共感に基づいたアイデア創出からプロトタイピング、テストを繰り返すことで、具体的な解決策を形にしていく思考プロセスです。
本稿では、これら二つの思考法を組み合わせることで、どのように地域における世代間連携を深め、真の共創へと繋げていくことができるのか、その実践的なアプローチについて解説いたします。
なぜアート思考とデザイン思考が世代間連携に有効なのか
地域における世代間連携の難しさは、しばしば互いの「見えない前提」や「暗黙の了解」によって引き起こされます。異なる世代は異なる社会背景や経験を持ち、それが価値観や行動様式に影響を与えています。アート思考とデザイン思考は、この「見えないもの」を顕在化させ、対話と共感を促す力を持っています。
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アート思考の貢献:
- 本質的な問いの探求: 地域における世代間の関係性や、共に目指したい未来像について、表面的な課題だけでなく、その根底にある感情や願望に迫る問いを立てることができます。「地域にとって、世代を超えて大切にしたいことは何か?」「次の世代にどんな地域を残したいか?」といった問いは、多様な視点を引き出し、深い対話のきっかけとなります。
- 新しい視点と感性の共有: 異なる世代が持つユニークな経験や視点を、アート表現などを通じて共有することで、互いへの理解や共感が深まります。論理だけでは伝えきれない感情や感覚を共有することが、世代間の心の壁を取り払うことに繋がります。
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デザイン思考の貢献:
- 人間中心のアプローチ: 各世代が実際に何を感じ、何を必要としているのか、その深いニーズや課題を「共感(Empathize)」の段階で徹底的に探ります。一方的に何かを提供するのではなく、共に課題を定義し、解決策を模索する姿勢は、参加者全体の主体性を引き出します。
- プロトタイピングと対話: 小さな試み(プロトタイプ)を素早く作り、関係者と共に試行錯誤するプロセスは、具体的な行動を通じて対話を促進します。失敗を恐れずに改善を重ねる姿勢は、世代間の経験の違いを学びの機会に変え、協力関係を築く上で有効です。
世代間共創に向けたアート思考・デザイン思考の実践ステップ
地域での世代間連携プロジェクトにアート思考・デザイン思考を取り入れるための具体的なステップをご紹介します。
ステップ1:世代間の「共感」を深める(デザイン思考 Empathize / アート思考の問い)
プロジェクトの最初の重要なステップは、異なる世代が互いの立場や感情を理解することです。
- インタビューや観察: 各世代の代表者に個別またはグループでインタビューを行い、彼らの日常、喜び、悩み、地域への想いなどを丁寧に聞き取ります。直接的な質問だけでなく、「子どもの頃、この地域で一番楽しかったことは何ですか?」「若い世代に伝えたい地域の宝は何ですか?」といった、個人的なストーリーを引き出す質問が有効です。
- 共感マップの作成: インタビューや観察から得られた情報を整理し、各世代の「言うこと (Says)」「考えること (Thinks)」「感じること (Feels)」「行うこと (Does)」をまとめた共感マップを作成します。これにより、世代ごとのインサイト(隠れた本音やニーズ)を視覚的に共有できます。
- アートワークショップを通じた表現: 言葉にしにくい想いや地域への愛着を、絵やコラージュ、粘土、写真など、非言語的な表現手法を用いるワークショップを実施します。例えば、「私の好きな地域の音」「未来の地域の色」といったテーマで表現活動を行い、作品を共有し合うことで、互いの感性や価値観に触れる機会を設けます。これにより、論理的な議論だけでは見えにくい感情的な側面への理解が進みます。
ステップ2:世代共通の「問い」を共有し、未来像を描く(アート思考)
共感を深めた上で、地域として、あるいはプロジェクトとして、世代を超えて共有したい「問い」や目指したい「未来像」を共に探ります。
- 問いの生成ワークショップ: ステップ1で得られた共感に基づき、「私たちが本当に知りたいことは何か?」「この地域がこれからどんな場所になってほしいか?」といった、本質的な問いを参加者全員で出し合います。問いは「なぜ?」「もし〜だったら?」といった形式で深掘りします。
- 未来ストーリーテリング: 各世代が描く未来の地域の姿をストーリーとして語り合うワークショップを行います。絵を描いたり、簡単な模型を作ったりしながら、五感を刺激する形で未来像を共有することで、抽象的な議論に終始せず、具体的なイメージを共有しやすくなります。これは、アート思考の「あり得べき未来を描く」側面に通じるアプローチです。
ステップ3:課題を定義し、多様なアイデアを創出する(デザイン思考 Define / Ideate)
共有した問いや未来像から、解決すべき具体的な課題を定義し、様々な角度からアイデアを生み出します。
- 課題の再定義: ステップ1、2を通じて見えてきた各世代のニーズや共通の未来像を踏まえ、「私たちは【誰】のために、【どのような課題】を解決したいのか」という形で、課題を「HMW (How Might We:どうすれば私たちは〜できるか?)」の形式で再定義します。例えば、「どうすれば私たちは、高齢者の知恵と若者のエネルギーを組み合わせて、新しい地域の活動を生み出せるか?」などです。
- アイデア発想ワークショップ: 定義された課題に対し、ブレインストーミングやKJ法など、多様なアイデア発想手法を用いて、世代を超えた自由な発想を促します。ここでは、経験豊富な高齢者の現実的な視点と、変化を恐れない若い世代の斬新な視点を意図的に組み合わせることが重要です。互いのアイデアを批判せず、尊重し合う安全な場づくりが不可欠です。付箋や模造紙を使った可視化は、全員がアイデアを共有しやすいツールとなります。
ステップ4:小さな「プロトタイプ」で試し、対話を促進する(デザイン思考 Prototype / Test)
生まれたアイデアの中から実行可能性のあるものを選び、完璧を目指すのではなく、まずは小さく形にして試します。
- プロトタイプの作成: 例えば、「世代間交流イベント」のアイデアであれば、本格的なイベントではなく、数人が集まるお茶会や、オンラインでの短時間交流会を企画してみる。「地域の情報共有ツール」であれば、手書きの回覧板や、限定的なSNSグループを作ってみる、といった具合です。低予算・短期間で実行できる形にします。
- テストとフィードバック: 作成したプロトタイプを対象となる世代に試してもらい、率直なフィードバックを収集します。「何が良かったか?」「何が期待と違ったか?」「どんな点が改善されればもっと良くなるか?」といった質問を通じて、具体的な反応を得ます。
- 対話を通じた改善: 得られたフィードバックを基に、関係者全員で対話し、アイデアやプロトタイプを改善します。このプロセスを繰り返すことで、机上の空論ではなく、地域の実情に合った、参加者全員が納得できる解決策へと洗練されていきます。特に、異なる世代からの多様な意見を受け止め、それを建設的な改善に繋げることが、世代間連携プロジェクトの成功には不可欠です。
ステップ5:プロジェクトを通じて継続的な「共創文化」を育む
単一のプロジェクトで終わらせず、このプロセスを通じて世代間での信頼関係と、共に創造していく文化を地域に根付かせることが最終的な目標です。プロジェクトの成果だけでなく、プロセスで得られた学びや、世代間の関係性の変化にも焦点を当て、継続的な対話と協働の機会を作り出していきます。
実践上の留意点と課題への対処法
世代間連携プロジェクトを推進する上で、いくつかの課題に直面する可能性があります。
- 価値観や経験の違いによる摩擦: アート思考やデザイン思考のプロセスで多様な視点を引き出すほど、価値観の違いが顕在化し、摩擦が生じることもあります。これに対し、ファシリテーターの役割が重要になります。互いの違いを否定するのではなく、「多様な視点があるからこそ、より良いものが生まれる」という肯定的な雰囲気を作り、共感と傾聴を促すスキルが求められます。
- コミュニケーションツールの選択: 世代によって慣れ親しんだコミュニケーションツール(電話、対面、SNS、回覧板など)が異なります。全員がアクセスしやすい方法を複数用意したり、それぞれのツールの利点を組み合わせたりするなど、工夫が必要です。
- 参加へのハードル: 特定の世代、特に高齢者や若い現役世代は、時間的な制約や参加への心理的ハードルがある場合があります。短時間でのワークショップ、オンラインとオフラインの組み合わせ、子育て世代向けの配慮など、参加しやすい形態を検討することが重要です。また、プロジェクトの意義や楽しさを丁寧に伝え、気軽に参加できる雰囲気を作ることが効果的です。
- 無形な成果の見せ方: 世代間の関係性の変化や、参加者の意識の変化といった無形な成果は数値化しにくく、プロジェクトの成果報告で評価されにくい側面があります。アート思考・デザイン思考のアプローチを通じて得られた参加者の声、プロセス中の写真や映像、生まれた作品そのものなどを活用し、ストーリーテリングの手法で成果を伝えることが有効です。「〇〇さんが、△△世代の人と初めて深い話ができた」「このワークショップで、地域の未来について考えるのが楽しくなった」といった具体的なエピソードは、共感を生み、プロジェクトの価値をより多くの人に伝える力があります。
まとめ
地域における世代間連携は、表面的な交流にとどまらず、互いの知恵と経験を尊重し合い、共に地域の未来を創り出す「共創」へと進化させる必要があります。アート思考は、既存の枠を超えた問いを通じて世代間の深い想いを引き出し、デザイン思考は、共感に基づいた人間中心のアプローチで、具体的な対話と協働のプロセスを形にします。
これらの思考法を実践的に活用することで、異なる世代間の壁を乗り越え、互いを理解し、共に課題を解決し、新しい価値を生み出す力が地域に育まれます。本稿でご紹介したステップや留意点が、皆様の地域における世代間共創の実践の一助となれば幸いです。ぜひ、アートと思考の力を借りて、多様な世代が輝く豊かな地域づくりに挑戦してみてください。