アート思考・デザイン思考で行政の壁を乗り越える：地域課題解決のための制度活用と連携実践ガイド
地域課題解決プロジェクトにおいて、行政との連携や既存の制度の活用は不可欠な要素です。しかしながら、多くの場合、これらのプロセスは複雑で時間がかかり、「行政の壁」としてプロジェクトの進行を阻む要因となることがあります。手続きの煩雑さ、前例主義、縦割り構造、意思決定プロセスの不透明さなど、現場ではさまざまな課題に直面します。
こうした状況を前に、どのようにしてプロジェクトを円滑に進め、行政や制度を効果的に活用できるのでしょうか。ここで、アート思考とデザイン思考のアプローチが有効な突破口となり得ます。
地域課題解決における「行政の壁」とは何か
地域活動に携わる専門家や実践者にとって、「行政の壁」は肌感覚として理解しやすい概念かもしれません。具体的には、以下のようなものが挙げられます。
- 手続きの煩雑さ・非効率性: 補助金申請や許認可など、必要な手続きが複雑で、多くの書類や時間がかかる。
- 前例主義: 新しい試みや型破りなアプローチに対して、前例がないという理由で消極的な姿勢が取られやすい。
- 縦割り構造: 部門間の連携が難しく、一つの課題解決に複数の部署が関わる場合に調整に手間がかかる。
- 意思決定プロセスの不透明さ: なぜそのように決定されたのか、どのような基準で判断されるのかが外部から分かりにくい。
- 情報の非対称性: 制度の内容や運用方法に関する情報が一般に十分に共有されていない、あるいは理解しにくい。
- 担当者の異動: プロジェクトの継続的な関係構築が、担当者の異動によって断たれることがある。
これらの「壁」は、時に地域住民や活動家の意欲を削ぎ、創造的なアイデアの実現を阻む要因となり得ます。
アート思考による「問い」を行政プロセスに向ける
アート思考は、既存の価値観や常識に囚われず、本質的な問いを立てることから始まります。「なぜこの手続きが必要なのか？」「誰のためにこの制度があるのか？」「他のやり方は本当にないのか？」といった問いを行政プロセスや制度設計に対して投げかけてみることが、アート思考によるアプローチの第一歩です。
アート思考は、単なる問題解決ではなく、物事の捉え方そのものに変革をもたらすことを目指します。行政の「壁」を前にしたとき、「これは乗り越えなければならない障害だ」と捉えるだけでなく、「なぜこのような壁が存在するのか」「この壁はどのような背景から生まれたのか」「この壁があることで何が得られているのか」といった本質的な問いを立てることで、問題の根源に対する理解を深めることができます。
この「問い」のプロセスは、行政担当者を含む関係者との対話のきっかけにもなり得ます。「私たち活動家はこう感じているが、行政側から見てこの手続きにはどのような意味があるのか？」といった問いかけは、互いの立場や視点を理解し合うための土台となります。
デザイン思考による「共感」と「実践」を行政連携に活かす
一方、デザイン思考は、ユーザー（地域住民、活動家、そして行政担当者自身も含まれます）への深い共感に基づき、課題を定義し、解決策を繰り返し試行錯誤しながら形にしていく実践的なアプローチです。
行政連携や制度活用の文脈では、デザイン思考は以下のような段階で活用できます。
- 共感（Empathize）: 行政担当者や関連部署、制度利用者（住民など）へのヒアリングや観察を通じて、彼らが手続きや制度に対してどのような感情を持ち、どのような困難や不満を抱えているのかを深く理解します。彼らの立場に立って、行政プロセスを「体験」してみることも有効です。
- 問題定義（Define）: 共感フェーズで得られた情報から、行政連携や制度活用における本質的な課題を明確に定義します。「手続きが煩雑である」といった表面的な課題だけでなく、「担当者間の情報共有不足により、同じ説明を何度も求められる」といった根本原因や、「申請者が手続きの全体像を理解できず不安を感じる」といった利用者の感情的な側面まで掘り下げて定義します。
- アイデア創出（Ideate）: 定義された課題に対して、多様な解決策のアイデアを自由に出し合います。既存の枠に囚われず、「もし手続きがゲームのようだったら？」「もし行政と住民の情報共有がSNSのようだったら？」といった極端な発想も歓迎します。行政手続きのフロー改善、情報提供の方法、担当者との連携方法など、具体的なアイデアを創出します。
- プロトタイプ作成（Prototype）: アイデアの中から有望なものを選び、素早く形にしてみます。これは本格的なシステム開発である必要はありません。例えば、申請手続きの簡易化案をフローチャートで示す、よくある質問とその回答集を作成する、担当者とのオンライン相談ツールを模倣する、といった簡易的なもので十分です。目的は、アイデアを行政担当者や利用者が具体的にイメージし、フィードバックを得られる形にすることです。
- テスト（Test）: 作成したプロトタイプを行政担当者や制度利用者に試してもらい、率直な意見や改善点を収集します。この段階で得られたフィードバックを元に、アイデアやプロトタイプを改善し、再びテストを行います。この「テスト＆イテレーション（繰り返し）」を通じて、より実効性の高い解決策へと磨き上げていきます。
実践への応用：具体的なステップ
アート思考とデザイン思考を行政連携・制度活用に活かすための具体的なステップは以下の通りです。
ステップ1：課題の本質を行政プロセスから見出す（アート思考・共感）
まず、あなたが行政連携や制度活用で感じている「壁」について、具体的な状況を洗い出します。例えば、ある許認可手続きが進まない、補助金の対象範囲が活動内容に合わない、などが考えられます。
次に、その状況に対してアート思考で問いを立てます。 * 「なぜこの手続きはこれほど時間がかかるのだろう？」 * 「この制度が想定している『理想の利用者像』はどのようなものだろう？それは私たちの活動実態とどう違うのだろう？」 * 「この『壁』があることで、誰が、どのような影響を受けているのだろう？」
同時に、デザイン思考の共感フェーズとして、行政担当者、関係部署、実際にその制度を利用している住民など、多様な関係者から話を聞き、プロセスを観察します。彼らがどのような状況に置かれ、どのような視点で物事を見ているのかを理解しようと努めます。
ステップ2：行政プロセスの可視化と課題の定義（問題定義）
ヒアリングや観察で得た情報、そしてアート思考の問いから見えてきた洞察を整理し、現状の行政プロセスや制度運用の流れを図などに可視化してみます。これにより、ボトルネックとなっている箇所や、情報伝達が滞っている部分などが明確になります。
可視化されたプロセスや関係者の声に基づき、最も解決すべき本質的な課題を定義します。この際、単なる不満の表明ではなく、「〇〇という状況のために、△△という問題が発生しており、結果として□□という影響が出ている。この問題を解決することで、◎◎のような状態を目指したい」といった形で具体的に言語化することが重要です。
ステップ3：創造的な解決策のアイデア創出（アイデア創出）
定義された課題に対して、行政担当者も含めた関係者（可能であれば）と共に、解決策のアイデアを創出するワークショップなどを実施します。 * プロセスの改善: 手続きのステップを減らす、必要な書類を統合する、オンライン化を検討する、といった効率化のアイデア。 * 情報伝達の改善: 制度や手続きに関する情報をより分かりやすく伝えるツール（簡易パンフレット、動画、FAQサイトなど）のアイデア。 * 連携方法の改善: 定期的な情報交換会の設定、共通のプラットフォームの利用、窓口の一本化など、行政内外の連携を円滑にするアイデア。 * 制度の弾力的な運用: 既存制度の解釈を広げる可能性、特例措置の適用可能性、あるいは新しい制度の必要性に関するアイデア。
アート思考で培った柔軟な発想力を活かし、従来の行政の常識に囚われない自由なアイデアを歓迎します。
ステップ4：小さく試す（プロトタイプ作成・テスト）
創出したアイデアの中から、実現可能性や効果が高そうなものを選び、まずは小さく試せる形（プロトタイプ）にします。そして、実際にそのプロトタイプを行政担当者や関係者に試してもらい、フィードバックを得ます。
例えば、 * 申請書類の記入例を工夫した簡易版を作成し、担当者に見せて意見を聞く。 * 行政担当者とのコミュニケーション記録シートを作成し、情報共有の漏れがないか数週間試す。 * 制度利用者のための簡易FAQを作成し、行政担当者に確認してもらい、住民に見せて反応を見る。
重要なのは、完璧を目指すのではなく、素早く試して学びを得ることです。このテストを通じて、アイデアの課題や、行政側の懸念点、制度の現状との適合性などが明らかになります。
ステップ5：改善と展開（イテレーション）
テストで得られたフィードバックを元に、アイデアやプロトタイプを改善します。そして、再びテストを行います。この繰り返し（イテレーション）を通じて、より実効性の高い解決策へと近づけていきます。
小さな成功体験を行政担当者と共有することも、関係構築において非常に有効です。「この試みで、申請者の問い合わせが〇％減りました」「この情報提供方法で、制度への理解が深まりました」といった具体的な成果を示すことで、行政側の理解や協力も得やすくなります。
最終的には、小さな成功を積み重ねながら、提案した改善策を本格的に導入したり、制度の運用方法の変更を提案したり、さらには新しい制度設計に向けた提言へと繋げていきます。
実践上の課題と解決策
アート思考・デザイン思考を行政連携に活用する上では、いくつかの課題に直面する可能性があります。
- 行政側の理解不足: アート思考やデザイン思考のアプローチそのものが、行政文化に馴染まないと感じられることがあります。
- 解決策: 専門用語を避け、具体的な事例やプロセス改善によるメリット（例: 業務効率化、住民満足度向上）を分かりやすく説明する。共に小さなプロトタイプを試す機会を設けることで、体感を通じて理解を促す。
- 意思決定の遅さ: 行政内の稟議や合意形成に時間がかかり、迅速なテストやイテレーションが難しい場合があります。
- 解決策: プロジェクトの初期段階からキーパーソンと密に連携し、意思決定プロセスを事前に把握しておく。判断が必要なポイントを明確にし、必要な情報を行政側に先回りして提供する。権限委譲可能な小さな範囲で試行することを提案する。
- 既存ルール・制度の制約: 厳格な法令や内規により、アイデアの実現が困難な場合があります。
- 解決策: アート思考で「なぜそのルールがあるのか」を問い直し、ルールの本質的な目的を理解した上で、デザイン思考で目的達成のための別の手段や、現行ルール内で可能な柔軟な運用方法を探る。必要であれば、ルールの改正に向けた提案も視野に入れる。
まとめ
地域課題解決プロジェクトにおける行政連携や制度活用は、多くの実践者が直面する「壁」ですが、アート思考とデザイン思考を組み合わせることで、これらの困難を乗り越える創造的なアプローチが可能になります。
アート思考による本質的な「問い」は、行政プロセスや制度に対する固定観念を揺さぶり、新たな視点をもたらします。デザイン思考による「共感」と「実践」は、関係者の声に耳を傾け、具体的な課題を定義し、解決策を小さく試しながら改善を重ねていくための強力なフレームワークを提供します。
これらの思考法を現場で活用し、行政担当者との対話を通じて共に「壁」の正体を探り、創造的な解決策を形にしていくことで、地域課題解決プロジェクトはより円滑に、そして効果的に進んでいくでしょう。この記事が、皆様の地域における実践の一助となれば幸いです。