アート思考・デザイン思考が変える地域内の『関係性』:共創を加速し、信頼を育む実践ガイド
地域における「関係性」のデザインとは何か
地域課題の解決や持続可能なまちづくりを進める上で、住民、行政、企業、NPOなど、多様なステークホルダー間の「関係性」は極めて重要な要素です。しかし、従来の地域づくりにおいては、往々にして「事業」や「モノ」に焦点が当たりがちで、「人々の間のつながり」や「信頼」といった無形の関係性が後回しにされる傾向が見られました。結果として、一部の活動家だけが疲弊したり、異なる立場の間で分断が生じたり、新たな取り組みが進みにくくなったりといった課題が生じています。
ここで注目されるのが、アート思考とデザイン思考を応用した「関係性のデザイン」というアプローチです。これは単に関係者をリストアップしたり、集まる機会を作ったりするだけでなく、意図的に、創造的に、人々の間のつながりや相互作用の質を高め、地域全体としてより豊かで機能的な関係性のネットワークを築き上げることを目指すものです。
アート思考・デザイン思考が関係性デザインに貢献する視点
アート思考は、既存の枠にとらわれず「なぜ?」と問いを立て、自分自身の内面や周囲の世界を深く探求することに重きを置きます。これは、地域における「当たり前」の関係性や、見過ごされがちな感情、潜在的なニーズに気づき、問い直す視点を与えてくれます。地域住民一人ひとりの「こうありたい」という個人的な想いや、「ここは変えたい」という違和感は、しばしば論理的な説明が難しいものですが、アート思考はそのような非言語的、感覚的な側面を捉え、関係性のデザインの出発点とすることを可能にします。
一方、デザイン思考は、共感、問題定義、アイデア創出、プロトタイピング、テストという反復的なプロセスを通じて、ユーザー中心の解決策を生み出す手法です。これは、地域における多様な人々の視点やニーズを深く理解し(共感)、関係性における課題を明確に定義し、関係性をより良くするための具体的なアイデアを形にし(プロトタイピング)、実際に試しながら改善していく(テスト&イテレーション)プロセスにおいて強力なツールとなります。特に「共感」のフェーズは、異なる立場の人々の感情や経験に寄り添い、相互理解を深める上で不可欠です。
これら二つの思考法を組み合わせることで、地域における関係性のデザインは、単なる利害調整や形式的な連携を超え、人々の深いレベルでの繋がりや共感に基づいた、創造的で持続可能なものへと進化します。
地域における関係性デザインの実践ステップ
地域における関係性デザインは、一方向的な「作り方」ではなく、地域と共に育むプロセスです。ここでは、アート思考とデザイン思考の視点を取り入れた実践ステップの例を示します。
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関係性の現状を「感じる」「問い直す」(アート思考的アプローチ)
- 地域に存在する「当たり前」の関係性、見えない壁、声にならない不満や期待などを、「なぜ?」と問いかけながら、五感を使い、直感も働かせながら観察・体験します。
- フィールドワーク、非公式な場での対話、住民アートプロジェクトなどを通じて、表面的な言葉だけでなく、感情や雰囲気を捉えることに努めます。
- 関係者マップを作成する際も、単に組織名や個人名だけでなく、「関係性の質(信頼度、頻度、感情的な結びつき)」や「力の偏り」といった非言語的な側面も記述してみます。
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望ましい関係性のビジョンを「描く」「共有する」(アート思考・デザイン思考的アプローチ)
- 多様な関係者と共に、将来どのような関係性の中で活動したいか、どのようなコミュニティを築きたいか、といった漠然とした「こうありたい」を言葉やイメージで描き出します。
- ワークショップ形式で、互いの「理想の関係性」を共有し、共通のビジョンや価値観を見出すプロセスをデザインします。アートを用いた表現活動や、未来シナリオを描くワークなどが有効です。
- デザイン思考の「問題定義」フェーズを活用し、現状の関係性における課題と、目指すべき状態とのギャップを明確にします。
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関係性構築の「アプローチ」を「アイデア出し」「プロトタイピング」する(デザイン思考的アプローチ)
- 目標とする関係性を実現するための具体的なアイデアを、自由な発想で出し合います。小さなイベント、新しい対話の場、共同作業プロジェクト、オンラインプラットフォームなど、形式にとらわれません。
- 最も可能性のあるアイデアをいくつか選び、小さく試せる形(プロトタイプ)にします。例えば、「月に一度の〇〇なテーマでのランチ会を試験的に開催する」「特定の課題について少人数で深く話し合うためのオンラインセッションを企画する」などです。
- この段階では完璧を目指さず、「まずはやってみる」ことを重視します。失敗から学びを得ることが目的です。
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「試す」「観察する」「内省する」(デザイン思考&アート思考的アプローチ)
- プロトタイプを実際に地域で実施し、その結果を注意深く観察します。単に「何人が参加したか」だけでなく、「どのような会話が生まれたか」「参加者はどう感じたか」「関係性にどのような変化が見られたか」といった質的な側面に焦点を当てます。
- アート思考的な内省の時間を設けます。参加者や実施者自身が、今回の試みを通じて何を感じ、何を学び、次にどう繋げたいかを問い直します。日記、リフレクションシート、内省を促す問いかけなどが役立ちます。
- デザイン思考の「テスト」フェーズとして、参加者からフィードバックを収集し、プロトタイプの改善点や新しいアイデアのヒントを得ます。
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「改善する」「広げる」「定着させる」(デザイン思考的アプローチ)
- 観察やフィードバック、内省から得られた学びを基に、アプローチを改善したり、新しいアイデアを試したりします。
- 成功の兆しが見られたプロトタイプは、対象を広げたり、頻度を増やしたりして、より多くの関係性をデザインする取り組みへと発展させます。
- 関係性のデザインが特定のプロジェクトだけでなく、地域の日常的な活動や文化として定着するように、仕組みや仕掛けを検討し、継続的にサポートします。
実践上の課題と解決策
- 既存の関係性や慣習の壁: 長年の人間関係や地域のルールが、新しい関係性デザインの障壁となることがあります。
- 解決策: 既存の関係性を否定せず、まずはその中に「共感」を持って入り込むこと。なぜその慣習があるのか、関係者の想いを深く理解することから始めます。アート思考的な問いかけや、非公式な場での対話を通じて、信頼関係を少しずつ築きます。既存のキーパーソンを巻き込む工夫も重要です。
- 短期的な成果の見えにくさ: 関係性の変化は数値化しにくく、目に見える成果が出るまでに時間がかかります。
- 解決策: 関係性の質的な変化(例: 対話の頻度増加、意見交換の活発化、互助の事例増加など)を観察し、小さな変化や成功を丁寧に捉え、関係者間で共有する仕組みを作ります。デザイン思考の「プロトタイピング」のように、小さな試みを繰り返し、そこから得られる学びや手応えを「成果」と捉える柔軟さが必要です。アート思考的に、プロジェクトが生み出す「雰囲気」や「感情」といった無形の価値を言語化し、伝える努力も行います。
- 価値観の衝突: 世代間、立場間などで異なる価値観が衝突することがあります。
- 解決策: デザイン思考の「共感」フェーズを徹底し、なぜそのような価値観を持つに至ったのか、背景にある経験や想いを理解することに努めます。アート思考的なアプローチとして、共通の体験(例: 一緒に何かを作る、地域の歴史を学ぶワークショップ)を通じて、理屈ではなく感覚的に互いを理解する機会を設けることも有効です。対立を乗り越えるのではなく、多様な視点や価値観そのものを地域固有の「リソース」と捉え直し、創造的なエネルギーに変える視点が重要です。
関係性デザインの可能性
地域における関係性のデザインは、単に仲の良いコミュニティを作ることだけが目的ではありません。豊かで信頼に満ちた関係性は、新しいアイデアが生まれやすい土壌となり、困難な課題にも共に立ち向かえる基盤となります。また、地域外との繋がりをデザインすることで、外部からの視点や資源を取り込み、地域を活性化する力にもなります。
アート思考とデザイン思考は、この複雑でデリケートな「関係性」という領域に、創造的で人間中心のアプローチをもたらします。「こうあるべき」という固定観念にとらわれず、関係者一人ひとりの内面に寄り添い、共に試行錯誤しながら、地域固有の、生きた関係性をデザインしていく。そのプロセスそのものが、地域に新しい価値と活力を生み出すことでしょう。