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アート思考の「問い」とデザイン思考の「リサーチ」で地域課題の本質に迫る:組み合わせ実践ガイド

Tags: アート思考, デザイン思考, 地域課題解決, リサーチ, 問い, 共感, 実践ガイド

はじめに:地域課題解決における「本質理解」の重要性

地域課題解決に取り組む際、私たちはつい目の前の問題解決に急ぎがちです。しかし、対症療法ではなく持続可能な解決策を見出すためには、課題の本質を深く理解することが不可欠です。地域に根差した複雑な課題は、しばしば多様な要因が絡み合っており、表面的な情報だけではその全体像や根本原因を捉えきれません。

ここで有効なアプローチとなるのが、アート思考とデザイン思考の連携です。アート思考は既成概念を疑い、本質的な「問い」を立てることで新しい視点をもたらします。一方、デザイン思考は徹底的な「リサーチ」を通じて、関係者の共感に基づいた深い洞察を引き出します。これら二つの思考法を組み合わせることで、地域課題の本質により多角的に迫り、真に地域に根差した解決策へと繋がる道を切り拓くことが可能になります。

本記事では、アート思考の「問い」とデザイン思考の「リサーチ」を連携させ、地域課題の本質を深く理解するための具体的なステップと実践上のポイントをご紹介します。

アート思考の「問い」が切り拓く新たな視点

アート思考は、既存の枠組みや常識にとらわれず、独自の視点から物事の本質を探求する思考法です。地域課題解決においては、当たり前とされている状況や課題設定そのものを問い直す力を持ちます。

アート思考における「問い」の力

アート思考で立てられる「問い」は、単なる情報収集のための質問とは異なります。それは、私たち自身の認識や価値観に揺さぶりをかけ、これまで見過ごしていた側面や、隠された本質に気づかせるためのものです。

例えば、高齢化が進む地域で「高齢者の孤立」が課題だとします。従来の視点であれば、「どうすれば高齢者が外出する機会を増やせるか?」といった解決策志向の問いになりがちです。しかし、アート思考では、「そもそも『孤立』とは何をもって孤立とするのか?」「なぜ人は繋がりにくくなるのだろうか?」「孤独を感じることは、本当に一方的にネガティブなことだけなのだろうか?」といった、より根源的で多角的な問いを立てることができます。

このような問いは、私たちが「高齢者の孤立=悪いもの」という一面的な捉え方から離れ、多様な高齢者の状況や感情、地域における人間関係のあり方そのものに目を向けるきっかけとなります。

地域課題に対する「問い」の立て方

地域課題の本質に迫るための問いを立てるには、いくつかのポイントがあります。

こうした問いは、地域課題を取り巻く状況を、これまでにない角度から見つめ直すための羅針盤となります。

デザイン思考の「リサーチ(共感)」が紐解く現場のリアル

デザイン思考は、人間中心のアプローチを特徴とし、特に初期段階の「共感(Empathize)」フェーズで徹底的なリサーチを行います。これは、課題を取り巻く人々の視点に立ち、彼らのニーズ、行動、感情、そして潜在的な課題を深く理解するためのプロセスです。

デザイン思考における「リサーチ」の重要性

アート思考で立てた問いが羅針盤であるとすれば、デザイン思考のリサーチは、その問いに対する答えや新たな疑問の種を現場から見つけ出すための探求活動です。単にデータを集めるのではなく、人々との直接的な交流や観察を通じて、彼らの「なぜ?」や「どう感じているか」といった表面には現れにくい情報を引き出すことに重点が置かれます。

このプロセスは、しばしば「共感フェーズ」と呼ばれます。ここで得られる深い共感は、単なる同情ではなく、対象となる人々の立場や経験を理解し、彼らの視点から世界を見ることを意味します。この理解こそが、後のアイデア創出やプロトタイピングの質を決定づける基盤となります。

地域課題深掘りのためのリサーチ手法

地域課題のリサーチでは、以下のような手法が効果的です。

リサーチで得られた情報は、単に箇条書きにするだけでなく、共感マップ(対象者の「考え・感じていること」「見ていること」「聞いていること」「言っている・行動していること」「ペイン(悩み・課題)」「ゲイン(得たいこと)」などをまとめるツール)やカスタマージャーニーマップ(対象者の行動プロセスを図式化し、各ステップでの感情や課題を可視化するツール)などを活用して整理・分析すると、より深い洞察が得やすくなります。

「問い」と「リサーチ」の組み合わせ実践ステップ

では、アート思考の「問い」とデザイン思考の「リサーチ」をどのように組み合わせて地域課題の本質に迫るのでしょうか。以下に基本的なステップを示します。

ステップ1:アート思考で初期の「問い」を立てる

まず、地域課題解決の糸口として関心を持ったテーマや、地域で起きている事象に対して、既成概念を疑うアート思考的な「問い」を複数立ててみます。例えば、「地域のシャッター商店街」というテーマに対して、「なぜ商店街に人が来なくなったのか?」という一般的な問いに加え、「『賑わい』とは誰にとって必要なのか?」「商店街は『買い物をする場所』である必要はあるのか?」「このシャッター街の風景に、何か美しさや可能性はないか?」といった問いを立ててみます。

ステップ2:デザイン思考のリサーチで現場の「リアル」を探る

ステップ1で立てた問いの一部、あるいは問いに関連する仮説を手がかりに、デザイン思考のリサーチを開始します。商店街で実際に店を営む人、かつて利用していた住民、近年引っ越してきた若い世代など、多様な関係者にインタビューを行い、彼らの声、感情、具体的な行動、そして商店街に対する想いを聞き出します。また、実際に商店街を歩き、時間帯による人通りの変化、建物の状態、周囲の環境などを観察します。

ステップ3:リサーチから得た洞察を基に「問い」を深める・再定義する

リサーチで得られた情報(インタビューでの発言、観察記録、共感マップなど)をチームで共有し、分析します。ここで、「人々は利便性だけでなく、店主との会話や地域コミュニティとの繋がりを求めていたのではないか」「かつての賑わいは、単にモノが豊富だったからではなく、特定の『場』や『時間』が人々にとって特別な意味を持っていたからではないか」といった洞察が得られるかもしれません。

これらの洞察を踏まえ、最初の問いを深めたり、新たな問いを立てたりします。例えば、「人々が商店街に求めていた『繋がり』とは具体的にどのようなものだったのだろうか?」「物理的な『場』がなくても、かつてのような特別な『時間』を創出することは可能か?」のように、問いはより具体的な方向へ洗練されていきます。

ステップ4:深まった「問い」を検証・探求するための追加リサーチ

深まった問いに対して、さらに焦点を絞ったリサーチを行います。例えば、「地域における『繋がり』の実態」を知るために、既存の地域の集まりに参加したり、キーパーソンに紹介してもらったりして、より深くコミュニティの中に入り込むリサーチを行うなどが考えられます。このプロセスは、問いが深まるにつれてリサーチもより焦点を絞り、反復的に(イテレーション)行われます。

この「問い」と「リサーチ」の往復によって、課題の表面的な現象だけでなく、その背景にある人々の価値観、歴史、地域ならではの文脈など、本質的な側面に徐々に迫っていくことができます。

実践上のポイントと留意点

この組み合わせアプローチを地域で実践する際には、いくつかのポイントがあります。

まとめ:本質理解から生まれる地域に根差した創造性

アート思考の「問い」とデザイン思考の「リサーチ」を組み合わせるアプローチは、地域課題解決の第一歩である「課題の発見と深掘り」において、強力な武器となります。既成概念を疑い本質を問うアート思考の力と、現場のリアルから深い共感を得るデザイン思考の力を連携させることで、私たちは地域が抱える課題の真の姿を見出し、表面的な解決策にとらわれない、地域に根差した創造的なアプローチへと繋げることができます。

地域での活動は、予測不能なことの連続であり、時には困難に直面することもあるでしょう。しかし、アート思考的な問いを常に持ち続け、デザイン思考のリサーチで現場に学び続ける姿勢があれば、どのような状況でも課題の本質を見失わず、地域と共に最適な道を模索していくことができるはずです。ぜひ、皆さんの地域での実践に、この「問い」と「リサーチ」の往復を取り入れてみてください。そこから、きっと新たな発見と、地域に活力を吹き込む創造性が生まれてくることでしょう。