アート思考とデザイン思考で地域ブランドを磨く:隠れた魅力を見つけ、響く物語を紡ぐ実践ガイド
はじめに:地域ブランド構築における新たな視点
地域の魅力を高め、関係人口や交流人口の増加、経済の活性化につなげるための地域ブランド構築は、多くの自治体や地域団体にとって重要な課題です。しかし、従来の手法だけでは、表面的なイメージアップに留まったり、住民の共感を得られずに定着しなかったりするケースも見受けられます。
近年、この課題に対し、アート思考とデザイン思考という二つの創造的なアプローチが注目されています。アート思考は既存の枠組みにとらわれず本質的な問いを立て、独自の視点を見出す力。デザイン思考は人間中心のアプローチで課題を定義し、解決策を iteratively(反復的に)創り出し検証する力です。これらを組み合わせることで、地域に眠る「隠れた魅力」を発掘し、多くの人々の心に「響く物語」として紡ぎ、持続可能な地域ブランドを構築する可能性が開かれます。
本記事では、アート思考とデザイン思考が地域ブランド構築にどのように貢献できるのか、具体的なステップと実践上の留意点を解説します。
地域ブランドとは何か?本質的な価値の理解
地域ブランドとは、単なるロゴマークやキャッチフレーズ以上のものです。それは、その地域が持つ独自の歴史、文化、自然、産業、そしてそこに暮らす人々の営みや価値観の総体であり、外部の人々が地域に対して抱くイメージや感情、信頼、愛着といった無形の価値の集合体と言えます。
効果的な地域ブランド構築には、この本質的な価値を深く理解し、それを核とした一貫性のあるメッセージや体験をデザインすることが不可欠です。アート思考は、この「本質的な価値とは何か?」という問いを立てる上で強力なツールとなります。
アート思考で「問い」を立て、地域の「本質的な魅力」を探求する
アート思考は、既存の常識や既成概念に「本当にそうなのか?」と問いを立てることから始まります。地域ブランド構築においては、これまで当たり前だと思われていた地域の姿や価値について、根本から見つめ直す機会を与えてくれます。
1. 既存概念への問い直し
- 「私たちの地域といえば〇〇(有名な観光地や特産品)だ」という既存の認識に対して、「なぜそうなのか?」「それ以外の魅力はないのか?」「〇〇のどこに本当の価値があるのか?」といった問いを立てます。
- 地域住民や関係者の「当たり前」の中にこそ、見過ごされている本質が隠されていることがあります。多様な立場の人々の声に耳を傾け、彼らの視点や感情を通して地域を見る試みも有効です。
2. 地域の「見えない価値」への眼差し
アートはしばしば、日常の中に潜む美しさや、言葉にならない感情、歴史の奥深さなど、「見えないもの」に光を当てます。アート思考を取り入れることで、数値化しにくい地域の文化的な深み、人々の絆、受け継がれる知恵といった無形の価値に着目できます。
- 地域の風景を「ただの風景」としてではなく、光、色、形、音、匂い、そしてそこに流れる時間を五感で感じ取り、その感覚の奥にある本質を探ります。
- 古い建物や伝統行事に対して、その歴史的背景や形式だけでなく、それらが人々の生活や心にどのような意味を持っているのか、どのように受け継がれてきたのか、といった物語性に目を向けます。
3. 多様な視点からの探求
アーティストが自身の内面や独自の視点を表現するように、地域においても、行政、住民、事業者、NPO、移住者など、様々な立場の人々が持つ多様な視点から地域を見つめ直すことが重要です。ワークショップなどを通じて、それぞれの「地域の推し」や「気になること」を発表し合い、意外な魅力や課題を発見する場を設けることも有効です。アート思考は、これらの多様な視点を否定せず、むしろ面白がり、掛け合わせることで、地域の多面的な本質を浮かび上がらせることを促します。
デザイン思考で「響く物語」を紡ぎ、「体験」をデザインする
アート思考によって地域の「本質的な魅力」や「見えない価値」に対する深い洞察が得られたら、次にデザイン思考のアプローチを用いて、それを具体的な地域ブランドとして構築し、ターゲットに届け、共感を呼ぶ「物語」や「体験」へと落とし込んでいきます。
1. ターゲット(共感者)の深い理解(共感フェーズ)
地域ブランドのターゲットは、単なる観光客だけでなく、移住を考える人、投資家、企業、あるいは地域外で地域を応援したい人々など、多様であり得ます。デザイン思考では、これらのターゲットを「ユーザー」として捉え、彼らのニーズ、興味、価値観、そして地域に対して何を求めているのかを深く理解することから始めます。
- ターゲットとなる人々にインタビューを行ったり、彼らの行動を観察したりすることで、データだけでは見えないインサイト(深い洞察)を獲得します。
- ペルソナ(ターゲットとなるユーザーの典型的な人物像)を作成し、彼らの視点に立って地域を見ることで、地域ブランドが誰に、どのように響くべきかを具体的に考えます。
2. ブランドコンセプトの定義(問題定義フェーズ)
アート思考で見出した地域の「本質的な魅力」と、デザイン思考で理解したターゲットのニーズや価値観を踏まえて、地域ブランドの核となるコンセプトを明確に定義します。これは、「私たちは誰に、どのような価値を提供する地域なのか?」を言語化する作業です。
- 単なる特徴の羅列ではなく、地域が持つユニークネス(独自性)と、それがターゲットにとってどのような意味やメリットを持つのかを具体的に表現します。
- コンセプトは、関わる人々が共通認識を持ち、活動の方向性を定めるための羅針盤となります。簡潔で覚えやすく、共感を呼ぶ言葉を選ぶことが重要です。
3. 響く物語、ビジュアル、体験アイデアの創出(アイデア創出フェーズ)
定義したブランドコンセプトに基づき、ターゲットの心に響くメッセージや、地域を体験するためのアイデアをブレインストーミングなどを通じて多様に生み出します。
- 物語(ストーリーテリング): 地域の歴史、文化、人々の営み、課題への挑戦などを通じて、感情に訴えかける物語を紡ぎます。単なる情報の羅列ではなく、共感や感動を生む narrative(語り)を意識します。
- ビジュアルデザイン: ブランドコンセプトを表現するロゴ、色、写真、動画などの視覚要素をデザインします。地域の美しさ、人々の温かさ、活気などを効果的に伝えます。
- 体験デザイン: ターゲットが地域ブランドを体感できるようなイベント、ワークショップ、ツアー、商品開発、場づくりなどのアイデアを創出します。単に「見る」「買う」だけでなく、「参加する」「体験する」「交流する」といった能動的な関わりをデザインします。
4. 小さく試すプロトタイピングと検証(プロトタイピング&テストフェーズ)
デザイン思考の重要なステップであるプロトタイピングは、アイデアを小さく形にし、実際にターゲットに試してもらい、フィードバックを得るプロセスです。地域ブランド構築においても、いきなり大規模な事業を行うのではなく、アイデアを検証するための小さな試みを繰り返すことが有効です。
- 考案した物語をSNSで発信したり、限定的なイベントを開催したり、試作品を展示したりするなど、低コストで実施可能なプロトタイプを考えます。
- 試みを通じて得られたターゲットの反応や意見を丁寧に収集し、ブランドコンセプトやメッセージ、体験内容を改善していきます。この反復的なプロセス(iteration)を通じて、より洗練され、ターゲットに響くブランドへと磨き上げます。
実践上の課題と乗り越え方
アート思考とデザイン思考を用いた地域ブランド構築には、いくつかの実践上の課題が伴います。
- 地域住民の巻き込みと共通理解の醸成: アート思考による問い直しは、時に既存の価値観への反発を生む可能性があります。また、デザイン思考の実践には住民の協力が不可欠です。対話の機会を設け、共に学び、創り上げるプロセスを大切にすることで、共通理解と参画意識を高めることが重要です。ワークショップや共創プロジェクトなどが有効な手法となります。
- 予算の制約と創意工夫: 地域プロジェクト、特に小規模なものでは予算に限りがあることが一般的です。アート思考とデザイン思考は、高価な設備や大規模な広告に頼るのではなく、地域の既存リソースを創造的に活用したり、人々のアイデアや熱意を結集したりすることで、少ない予算でも価値を生み出す工夫を促します。
- 短期的な成果と長期的な視点: 地域ブランド構築は時間のかかるプロセスであり、すぐに目に見える経済効果が現れるとは限りません。アート思考やデザイン思考による無形な価値の探求や、共感の醸成といった活動は、短期的な成果としては捉えにくい側面があります。関係者に対して、長期的な視点とプロセスの重要性を丁寧に説明し、小さな成功や変化を共に喜び、共有することが継続への力となります。
- 「押し付け」にならないための配慮: 外部の専門家や一部の推進者だけで地域ブランドを構築し、それを地域に「押し付ける」形になると、住民の共感を得られず根付きません。アート思考で多様な声に耳を傾け、デザイン思考で住民を「ユーザー」ではなく「共同創造者(コ・クリエーター)」として捉え、共にプロセスを歩む姿勢が不可欠です。
まとめ:持続可能な地域ブランド構築に向けて
アート思考とデザイン思考は、地域ブランド構築という複雑な課題に対して、新たな視点と実践的な手法を提供します。アート思考は地域の表層的なイメージを超えた本質を見抜く「眼差し」を、デザイン思考はその本質を多くの人々に共感される形で届けるための「方法論」を与えてくれます。
これらの思考法を組み合わせることで、地域は単なる観光地や産地としてではなく、独自の価値観や物語を持つ魅力的な存在として、人々の心に深く響くブランドを構築できる可能性が高まります。それは、単に外部からの評価を高めるだけでなく、地域に暮らす人々自身が自分たちの地域に誇りを持ち、未来を共に創造していく力にも繋がります。
地域ブランド構築は一度行えば完了するものではなく、変化する社会状況や人々のニーズに合わせて、常に問い直し、改善し続ける必要があります。アート思考とデザイン思考の探求的・反復的なアプローチは、この持続的なブランド育成のプロセスにおいて、強力な支えとなるでしょう。ぜひ、これらの思考法をあなたの地域におけるブランド構築の実践に取り入れてみてください。