アート思考・デザイン思考を活用した地域課題の発見と深掘り手法:プロジェクト成功への第一歩
はじめに:地域課題解決における「真の課題」を見抜く重要性
地域活性化や課題解決に取り組む際、私たちはしばしば目の前の顕在化した問題にばかり目を向けがちです。例えば、「商店街の賑わいが失われた」「若者の流出が止まらない」「高齢者の孤立が進んでいる」といった現象です。しかし、これらの現象は、より深い根源的な課題の結果であることが少なくありません。表面的な問題に対処するだけでは、根本的な解決には繋がらず、取り組みが一時的なものに終わってしまうリスクがあります。
地域課題解決プロジェクトを成功に導くためには、表層的な問題のさらに奥にある「真の課題」や「本質的なニーズ」を発見し、深く理解する(深掘りする)プロセスが不可欠です。この重要な初期段階で、アート思考とデザイン思考が極めて有効なツールとなります。本稿では、これらの思考法を地域課題の発見と深掘りにどのように活用できるのか、具体的な手法と共にご紹介いたします。
アート思考とデザイン思考の地域課題発見・深掘りにおける役割
アート思考とデザイン思考は、それぞれ異なる特性を持ちながらも、複雑な地域課題の本質に迫る上で相補的に機能します。
- アート思考: 既存の枠組みや常識にとらわれず、自由な発想で物事を探求し、独自の視点や問いを生み出すことに重点を置きます。地域課題に対して、なぜそうなのか、本当にそれが問題なのか、といった根源的な問いを立てたり、多様な人々の感情や感覚に寄り添ったりすることで、これまで見過ごされていた側面や潜在的なニーズを発見するのに役立ちます。
- デザイン思考: ユーザー(地域住民や関係者)への深い共感を出発点とし、課題の定義、アイデア創出、プロトタイプの作成とテストを繰り返すことで、具体的な解決策を創り出すプロセスです。特に「共感(Empathize)」のフェーズは、地域に暮らす人々の日常や感情、隠れたニーズを理解するために非常に重要であり、これが課題の正確な定義(Define)に繋がります。
地域課題の発見・深掘りにおいては、まずアート思考的なアプローチで多角的な視点や新たな問いを持ち込み、その後デザイン思考の共感・定義フェーズを通じて、発見した要素を構造化し、具体的な課題として明確にしていく、という流れが効果的です。
アート思考を活用した地域課題の「問い直し」と「発見」
アート思考を地域課題の発見・深掘りに活かす第一歩は、「当たり前」を疑い、多様な視点から地域を「問い直す」ことです。
- 五感を研ぎ澄ませた観察: 統計データや既存の情報だけでなく、地域を実際に歩き、見て、聞いて、嗅いで、触れるといった五感をフル活用した観察を行います。住民の何気ない会話、街の音、放置された場所、特定の時間帯の空気感など、データには現れない「違和感」や「感情」に注意を向けます。これは、アーバンリサーチやフィールドワークの手法とも重なります。
- 「なぜ?」と「もしも?」を繰り返す問い: 目の前の現象に対し、「なぜこうなっているのだろう?」「これは本当に問題なのだろうか?」「もし〇〇だったらどうなるだろう?」といった問いを繰り返し投げかけます。一見ネガティブに見えることの中にも、隠れた魅力や可能性がないかを探ります。
- 多様な他者の視点を取り入れる: 地域住民の中でも、年齢、職業、価値観が異なる様々な人々の視点に触れることが重要です。アーティスト、子ども、高齢者、移住者など、普段関わらないような人々と対話し、彼らが地域をどう感じているか、何に困り、何を美しいと感じるかなどを聞くことで、自身の固定観念を揺さぶり、新たな発見に繋げます。インタビューやワークショップ形式の対話が有効です。
これらの問い直しと発見のプロセスを通じて、当初想定していなかった地域の本質的な魅力や、根深い課題の糸口が見えてくることがあります。これは、単なる問題解決ではなく、地域と自分自身との新たな関係性を築く創造的なプロセスとも言えます。
デザイン思考の共感・定義フェーズによる地域課題の「深掘り」と「明確化」
アート思考で得られた多角的な視点や問いを、デザイン思考のフレームワークで構造化し、具体的な課題として深掘り・明確化していきます。
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共感(Empathize):対象への深い理解
- 詳細なインタビュー: アート思考的な問いから得られた気づきを基に、地域住民や関係者に深く寄り下がるインタビューを行います。「困っていること」だけでなく、「嬉しかったこと」「大切にしていること」「将来への夢」など、彼らの感情や価値観に焦点を当てて傾聴します。
- 行動観察: 実際の生活や活動の場を観察し、言葉にならない行動や習慣からニーズを読み取ります。
- ジャーニーマップ作成: 特定の住民(ペルソナ)が地域でどのような経験をするか、その時の感情の起伏などを視覚化し、課題や機会のポイントを特定します。
- ペルソナ設定: 収集した情報から、典型的な住民像やターゲットとする人々の具体的なペルソナを設定します。彼らの置かれている状況、ニーズ、モチベーション、困難などを詳細に記述します。
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問題定義(Define):発見した課題の明確化
- インサイトの抽出: 共感フェーズで得られた大量の情報(インタビュー記録、観察メモなど)を整理・分析し、そこから見えてくる「インサイト」(人々の行動や感情の背後にある深い理解)を抽出します。
- How Might We (HMW) クエスチョンの設定: 抽出したインサイトや課題を基に、「私たちはどうすれば〜できるだろうか? (How Might We...?)」という形の問いを立てます。これは、単なる問題ではなく、解決策を生み出すための「機会」として課題を捉え直すための問いです。例えば、「高齢者の孤立」という問題に対し、「私たちはどうすれば、高齢者が地域との繋がりを自然に持てる機会を生み出せるだろうか?」といった問いを立てます。この問いが、続くアイデア創出フェーズの出発点となります。
このプロセスを通じて、単なる現象としての「商店街の賑わいのなさ」が、「地域住民が日常的に集い、気軽に交流できる『居場所』と『ゆるやかな目的』がないこと」といった、より具体的で本質的な課題として明確になることがあります。
実践への応用:地域での具体的なステップと留意点
アート思考とデザイン思考を用いた地域課題の発見・深掘りは、必ずしも大掛かりなプロジェクトである必要はありません。小規模な一歩から始めることができます。
- まずは身近な地域から: 自身の活動拠点や関わりの深い地域に焦点を当て、観察や対話から始めてみましょう。
- 少人数でワークショップ: 関係者数名で集まり、付箋やホワイトボードを使って共感マップを作成したり、HMWクエスチョンを考えたりする簡単なワークショップを行うだけでも効果があります。
- 地域住民の「巻き込み」ではなく「共に探求する」姿勢: 地域住民は課題の「対象」ではなく、課題や解決策を「共に探求するパートナー」です。初期段階から対話し、彼らの声に耳を傾け、共に考え、共に発見していく姿勢が信頼関係を築き、より深い理解に繋がります。ファシリテーターは、参加者が自由に発言でき、多様な意見が尊重される安全な場づくりを心がける必要があります。
- 予算制約下での工夫: 高価なツールや専門家は必須ではありません。スマートフォンの録音機能や写真、無料のオンラインツール、手書きのメモや模造紙など、身近にあるもので十分実践できます。重要なのは、住民との対話の質や、観察の深さです。
- 成果の見せ方: 課題発見・深掘り段階の「成果」は、必ずしも具体的なモノやサービスではありません。明確化された課題ステートメント、インサイト、ペルソナ、ジャーニーマップ、そして何よりも関係者間での課題に対する「共通認識と納得感」が重要な成果です。これらをドキュメント化し、関係者と共有することで、次のステップへの推進力となります。
よくある課題とその対処法
このプロセスで直面しがちな課題とその対処法をいくつかご紹介します。
- 課題1:「正解」や「すぐに役立つ情報」を探しすぎてしまう
- 対処法: アート思考・デザイン思考は、あらかじめ決められた正解を探すプロセスではありません。多様な可能性を探求し、不確実性を受け入れる姿勢が重要です。この段階では、「面白い問いが見つかった」「意外な視点が得られた」といったプロセス自体を評価基準と捉え直すことが大切です。
- 課題2:住民の意見が引き出せない、形式的な対話に終わる
- 対処法: 信頼関係の構築が前提です。時間をかけて地域に足を運び、関係性を育む努力が必要です。また、一方的に聞き出すのではなく、自身の感じたことや考えを率直に話すことで、相手も話しやすくなることがあります。堅苦しい聞き取り調査ではなく、茶飲み話や散歩に付き合うなど、自然なコミュニケーションを心がけましょう。
- 課題3:抽象的な議論に終始し、具体的な行動に繋がらない
- 対処法: デザイン思考のフレームワークを活用し、共感から問題定義、そしてアイデアへと段階を踏むことで、議論を構造化できます。HMWクエスチョンの設定は、抽象的な議論を具体的な解決策創出に繋げるための有効な橋渡しとなります。また、少人数でのプロトタイピング思考を取り入れ、「まずは小さく試してみる」姿勢を持つことも重要です。
まとめ:地域課題解決の質を高めるためのアート思考・デザイン思考
アート思考とデザイン思考を組み合わせた地域課題の発見と深掘りプロセスは、表面的な問題に囚われず、地域の本質的なニーズや可能性を見抜くための強力なアプローチです。これは、単に「新しいアイデアを出す」ことだけでなく、地域に暮らす人々の声に深く耳を傾け、多様な視点を取り入れ、共に考える共創のプロセスでもあります。
この初期段階でどれだけ深く課題を掘り下げられるかが、その後のプロジェクトの方向性を定め、持続可能で地域に根差した解決策を生み出せるかどうかに大きく影響します。失敗を恐れず、探求のプロセスを楽しみながら、ぜひあなたの地域での実践にアート思考とデザイン思考を取り入れてみてください。この記事が、あなたの地域課題解決への第一歩を踏み出す一助となれば幸いです。