アート思考・デザイン思考を用いた地域資源の見方と活かし方
はじめに:見慣れた地域資源に光を当てる
多くの地域には、豊かな自然、歴史的建造物、伝統文化、あるいはユニークな人材など、多様な地域資源が存在します。しかし、それらはあまりにも身近であるために、「あたりまえ」のものとして見過ごされてしまったり、既存の枠組みの中でしか活用されないことがあります。地域活性化を考える上で、これらの地域資源に新たな光を当て、これまでとは異なる視点から価値を見出し、活用していくことが重要になります。
本記事では、アート思考とデザイン思考という二つの思考法が、どのように地域資源の新たな発見と活用に役立つのかを解説し、具体的な実践へのステップをご紹介します。これらの思考法は、既存の枠にとらわれず、本質的な問いを立て、創造的なアプローチで課題解決や価値創造を目指す点で共通しており、地域に眠る可能性を引き出す強力なツールとなり得ます。
アート思考とデザイン思考:地域資源への応用視点
まず、アート思考とデザイン思考がそれぞれどのような特徴を持ち、地域資源の発見・活用にどう活かせるのか、その基本的な考え方を確認します。
アート思考(Art Thinking)
アート思考は、「自分は何に関心があるのか」「世界をどう見たいのか」といった内なる問いを深く掘り下げ、独自の視点で物事を捉え、表現することに重きを置く思考法です。これは、既存の課題解決を目指すよりも、自ら新しい問いを生み出し、常識や既成概念を揺さぶる側面を持ちます。
地域資源への応用においては、以下のような視点をもたらします。
- 「あたりまえ」を問い直す: 見慣れた風景や文化、習慣に対して「なぜこうなっているのだろう?」「別の見方はできないか?」といった根源的な問いを立てることで、そこに隠された本質や新たな意味合いを発見するきっかけとなります。
- 独自の視点で価値を見出す: 一般的な価値基準だけでなく、個人的な関心や感動を起点に、地域資源のユニークさや潜在的な魅力を発見します。例えば、多くの人が通り過ぎるだけの古い建物に、特定の歴史的背景や幾何学的な美しさを見出すといった具合です。
- 感性や直感を重視する: データや分析だけでなく、自身の感覚や直感を頼りに、地域資源の可能性を探ります。これは、言語化しにくい魅力を捉える上で有効です。
デザイン思考(Design Thinking)
デザイン思考は、人間のニーズや課題に深く共感することから始まり、多角的な視点でアイデアを生み出し、プロトタイプ(試作品)を作成して検証を繰り返しながら、より良い解決策や価値創造を目指す実践的なアプローチです。「共感」「問題定義」「アイデア創出」「プロトタイピング」「テスト」の5つのステップ(あるいはそれらを繰り返すプロセス)で構成されることが一般的です。
地域資源への応用においては、以下のような視点をもたらします。
- 地域住民への共感: 地域資源に関わる人々(住民、職人、継承者など)の視点に立ち、彼らが資源に対してどのような思いを持ち、どのような課題やニーズを抱えているのかを深く理解します。
- 隠れたニーズの発見: 表面的な問題だけでなく、地域住民との対話や観察を通じて、地域資源を巡る潜在的な課題や活用ニーズを発見します。
- 多様なアイデアの創出: 既存の活用方法に囚われず、ブレインストーミングなどを通じて自由な発想で地域資源の活用アイデアを生み出します。
- 試行錯誤による具体化: 小さな試み(プロトタイプ)を素早く行い、関係者のフィードバックを得ながら改善を重ね、実現可能性の高い活用方法へと磨き上げていきます。
これら二つの思考法は、アート思考が問いを立てて本質を深く探求する側面、デザイン思考が人間中心の視点で具体的な解決策や価値創造を目指す側面を持つため、組み合わせることで地域資源の新たな可能性を多角的に引き出すことができます。
実践ステップ:地域資源の新たな見方と活かし方
アート思考とデザイン思考を組み合わせ、地域資源を新たな視点で見出し、活用するための具体的なステップをご紹介します。
ステップ1:地域資源を「あたりまえ」から解き放つ - 観察と問いの設定(アート思考的アプローチ)
まずは、地域にある「あたりまえ」と思っているものや場所に、意識的に目を向け、じっくりと観察することから始めます。
- 五感をフル活用した観察: 目で見るだけでなく、音、匂い、手触り、味など、五感を意識して地域を体験します。普段は見過ごしている細部に気づくことがあります。
- 「なぜ?」「本当にそう?」という問いを立てる: 観察を通して気づいたことや、既存の地域資源の活用方法に対して、当たり前だと受け入れずに「なぜこうなっているのだろう?」「他の場所と何が違うのだろう?」「この資源は本当に今のままで良いのだろうか?」といった問いを立ててみます。アート思考では、この「問いを立てる力」が重要です。
- 視点を変えてみる: いつも通る道を一本入ってみる、子供の頃に戻ったつもりで見てみる、未来の来訪者の視点で考えてみるなど、意図的に視点を変えることで、見慣れたものが違って見えてきます。
- 気づきを記録する: 観察や問いを通して得られた気づきや疑問を、写真、スケッチ、メモ、録音など、様々な方法で記録します。これは後々のアイデア創出の重要なヒントになります。
ステップ2:新たな価値の可能性を探る - 共感とアイデア創出(デザイン思考的アプローチ)
ステップ1で見出した「問い」や「気づき」を基に、地域資源の新たな価値や活用方法をデザイン思考のアプローチで探求します。
- 地域住民や関係者への共感: 資源に関わる人々(農家、漁師、職人、歴史家、地域住民など)に話を伺い、彼らの経験、知識、資源への思い、そして現状の課題やニーズを深く理解します。彼らにとっての「あたりまえ」の中に、外部からは見えない価値や活用方法のヒントが隠されていることがあります。
- 問題や機会の再定義: 観察や共感を通じて得られた情報から、地域資源を巡る本質的な課題や、新たな価値創造の機会はどこにあるのかを再定義します。例えば、「古い空き家がある」という事実から、「地域の記憶を次世代に繋ぐ場がない」「多世代交流の機会が少ない」といった本質的な問題・機会を定義するようなイメージです。
- 多様なアイデアの創出: 定義された問題・機会に対して、既成概念にとらわれず、ブレインストーミングなどを用いて可能な限り多くのアイデアを出し合います。この段階では、実現可能性は一旦脇に置き、自由な発想を奨励します。ステップ1で記録した気づきや問いが、発想の起点となります。例えば、「空き家」に対して「地域図書館」「子供の遊び場」「アーティストスタジオ」「レンタルファームの一部」「VR歴史体験施設」など、多様なアイデアを出し合います。
ステップ3:アイデアを形にしてみる - プロトタイピングと検証
ステップ2で生まれたアイデアの中から可能性のあるものを絞り込み、実際に形にして試してみます。
- 素早く簡単なプロトタイプを作成: 完璧を目指すのではなく、アイデアの核となる部分を、低コストで素早く形にします。これは物理的な試作品だけでなく、サービスの流れを表現したロールプレイング、ウェブサイトのモックアップ、イベントのプレ開催など、様々な形態が考えられます。例えば、「空き家を活用した多世代交流カフェ」のアイデアなら、まずは地域のお祭りの一角で模擬カフェを開いてみる、といった方法が考えられます。
- 関係者からのフィードバック収集: 作成したプロトタイプを、地域の住民や関係者に見てもらい、率直な意見や感想を伺います。そこで得られるフィードバックは、アイデアを改善し、より地域のニーズに合ったものにしていくために非常に重要です。
- 改善と再プロトタイピング: フィードバックを基にアイデアを改善し、必要であれば再びプロトタイプを作成して検証を行います。この試行錯誤のプロセスを繰り返すことで、アイデアは洗練され、実現可能性が高まります。
事例紹介
(ここでは架空、あるいは一般的な事例を想定して記述します)
例えば、ある農村地域で「耕作放棄地が増えている」という課題があったとします。
- アート思考的アプローチ: 耕作放棄地の「荒れた土地」という側面だけでなく、そこに生息する昆虫や植物、時間と共に移り変わる風景、過去に人が手をかけていた記憶などに「なぜか心惹かれる」「何か美しいものがあるのではないか?」といった問いを立て、フィールドワークや住民への聞き取りを通じて、単なる「放棄地」ではない、その土地が持つ固有の物語や生態系、潜在的な魅力を探求します。
- デザイン思考的アプローチ: 耕作放棄地の所有者、地域の農家、移住者、子供たちなど、多様な立場の人の声を聞き、彼らが土地に求めているもの、抱えている困難、地域に対する思いなどに共感します。「この土地を使って、地域の人々がもっと繋がり、新しい活動が生まれる機会を作れないか?」といった問題定義を行います。そこから「地域住民が自由に使える市民農園」「子供向けの自然体験プログラム」「アーティストが滞在制作する場」「ハーブ栽培とアロマ製品開発」など、多様なアイデアを生み出し、小規模なイベントやワークショップとしてプロトタイピングを行い、実現に向けて具体化を進めます。
このように、両思考法を組み合わせることで、「問題がある場所」という捉え方から、「多様な可能性を秘めた場所」へと視点を転換し、地域全体を巻き込みながら新たな価値創造につなげることが可能になります。
実践上の留意点と課題
アート思考・デザイン思考を地域資源の発見・活用に活かす際には、いくつかの留意点があります。
- 明確な成果の見えにくさ: 特にアート思考的なアプローチは、すぐに経済的な成果や明確な数値目標に繋がりにくい場合があります。無形の価値(例えば、住民の誇りの向上、地域への愛着の深化、新たなコミュニティ形成など)をどのように捉え、関係者と共有するかが課題となります。プロジェクトの初期段階で、どのような「変化」を目指すのか、共通認識を持つことが重要です。
- 地域住民の理解と巻き込み: 新しい見方や活用方法の提案は、地域住民にとって戸惑いや反発を招く可能性もあります。「あたりまえ」を変えることへの抵抗感がある場合、デザイン思考の「共感」のステップを丁寧に行い、対話を通じて共に考え、小さな成功体験を積み重ねることが有効です。一方的に押し付けるのではなく、「共に創る」姿勢が不可欠です。
- 小規模プロジェクトでの予算制約: 大規模な資金がない中でも実践を進める必要があります。プロトタイピングは、まさにこの課題を克服するための手法です。まずは身近な資源や既存の場所を活用し、手軽に始められることから着手します。クラウドファンディングや補助金なども活用しつつ、アイデアの価値を伝え、共感を広げることが資金確保にもつながります。無形の価値をストーリーとして語るスキルも役立ちます。
- 継続性の確保: 単発のイベントで終わらせず、活動を継続させていくための仕組みづくりが必要です。関わった住民や関係者が主体性を持って運営に関われるような体制を整えること、地域の組織や団体との連携、外部からの継続的なサポートなどが鍵となります。
まとめ
アート思考とデザイン思考は、地域資源という見慣れた存在に新たな光を当て、その潜在的な価値を引き出し、地域活性化の原動力とするための有効なアプローチです。アート思考による「問いを立てる」「視点を変える」力と、デザイン思考による「共感」「アイデア創出」「試行錯誤」のプロセスを組み合わせることで、地域固有の資源に基づいた創造的で持続可能なプロジェクトを生み出すことが可能になります。
これらの思考法は特別な才能が必要なものではなく、意識と訓練によって誰でも身につけることができるものです。ぜひ、ご自身の地域で、身近な「あたりまえ」に目を向け、問いを立てることから始めてみてください。そして、地域の人々と共に考え、小さな一歩を踏み出し、試行錯誤を重ねていく中で、地域資源の新たな可能性はきっと花開くはずです。
本記事が、皆様の地域における創造的な実践の一助となれば幸いです。