アート思考・デザイン思考でチームを活性化:地域プロジェクトの創造性向上とプロセス改善
はじめに:地域課題解決プロジェクトチームが直面する壁
地域課題解決に取り組むプロジェクトチームは、熱意を持って活動を開始しても、進行につれて様々な課題に直面することがあります。例えば、アイデアが枯渇する、チーム内で意見が対立する、プロセスが形骸化しマンネリ化する、期待した成果が出ない場合にどう改善すれば良いかわからない、といった状況です。
このような課題は、個々のスキルや努力だけでは乗り越えるのが難しい場合が少なくありません。チームとしての「創造性」が停滞し、「プロセス」が硬直化してしまうことが原因の一つとして考えられます。
本記事では、アート思考とデザイン思考という二つの創造的思考法が、地域プロジェクトチームの活性化にどのように貢献できるかを探ります。これらの思考法をチームに取り入れることで、新たなアイデアを生み出し、より効果的なプロジェクトプロセスを構築するための具体的な手法とステップをご紹介いたします。
チーム活性化のためのアート思考・デザイン思考の基本
アート思考とデザイン思考は、それぞれ異なるアプローチを持ちながらも、地域課題解決という共通の目標に対し、チームの創造性とプロセス改善に有効な視点をもたらします。
アート思考がチームにもたらすもの:問いと多様な視点
アート思考は、「自分は何を表現したいか」「それはなぜか」という内的な問いから出発し、既存の価値観や常識を疑い、新たな視点や意味を生み出すことに焦点を当てます。これをチームに応用すると、以下のような効果が期待できます。
- 現状への問い直し: プロジェクトの前提や目的、既存の解決策に対して「本当にこれで良いのか」「別の可能性はないか」と問いを立てる文化を醸成します。
- 多様な視点の受容: メンバーそれぞれのユニークな視点や価値観を尊重し、多角的な視点から課題やアイデアを捉えることを促します。
- 本質的なモチベーションの探求: メンバー一人ひとりがプロジェクトに関わる「なぜ」を問い直し、内発的な動機づけを高めます。
デザイン思考がチームにもたらすもの:共感と実践のサイクル
デザイン思考は、「人間のニーズ」を出発点とし、「共感」「定義」「アイデア」「プロトタイプ」「テスト」という反復的なプロセスを通じて、革新的な解決策を生み出すことに焦点を当てます。これをチームに応用すると、以下のような効果が期待できます。
- 共通理解の深化: ターゲットとなる地域住民や関係者への「共感」プロセスをチームで行うことで、課題に対する共通認識と深い理解を築きます。
- 実践的なアイデア創出: 定義された課題に対し、多様なアイデアを発散・収束させるプロセスをチームで共有し、より実践的な解決策を生み出す機会を増やします。
- 迅速な試行錯誤: アイデアを素早くプロトタイプ化し、テストから学びを得るサイクルをチーム全体で回すことで、改善スピードを加速させます。
- 協働とフィードバック文化: プロセス全体を通じてメンバー間の密な協働と建設的なフィードバックを促進します。
具体的な実践ステップ/手法:チームで取り組むアート&デザイン思考
では、これらの思考法を地域プロジェクトチームでどのように実践できるのか、具体的なステップと手法を見ていきましょう。
ステップ1:チーム内共感と相互理解を深めるワークショップ
プロジェクトの対象者への共感だけでなく、チームメンバー間の相互理解も創造性を高める上で重要です。デザイン思考の「共感」フェーズからインスパイアされたチームワークショップを行います。
- 手法例:
- 「私のWhy」共有: メンバー一人ひとりがなぜこのプロジェクトに参加しているのか、個人的な動機や価値観をアート思考的な「問い」として掘り下げ、共有し合う時間を持つ。
- ペルソナ/エンパシーマップ作成: プロジェクトのターゲットに加え、チームメンバー自身についても簡単なペルソナやエンパシーマップを作成し、「どのような考えや感情を持っているか」「何に困っているか」などを視覚化し共有する。これにより、チーム内の多様性を理解し、互いの視点への共感を深めます。
ステップ2:プロジェクトの「問い」を再定義する
プロジェクトが停滞している場合、当初の「問い」や「課題定義」が現状に合わなくなっていたり、十分に掘り下げられていない可能性があります。アート思考的なアプローチでこれを問い直します。
- 手法例:
- 問いかけセッション: 「私たちのプロジェクトは本当にこの課題を解決しようとしているのか?」「別の角度から見ると、この課題は何に見えるか?」「もし時間や予算の制約が全くなかったら、何を目指したいか?」といった、現状を揺さぶるような「問い」をチームで投げかけ合います。
- ワーズシャワー&グルーピング: プロジェクトや地域、課題に関連するキーワードを制限なく出し合い(ワーズシャワー)、それらを関係性でグルーピングすることで、隠れた関連性や新たな課題の切り口を発見します。
ステップ3:創造的なアイデア創出ワークショップ
チームでアイデアを出す際に、デザイン思考の多様なアイデア創出手法を活用します。アート思考の視点を取り入れることで、より型破りなアイデアも歓迎する雰囲気を作ります。
- 手法例:
- ブレインストーミング(改良版): 量を重視し、他者のアイデアを否定しない基本ルールに加え、「もし、この課題をアーティストが解決するとしたら?」「もし、子供ならどう考えるだろう?」など、意図的に視点を変えるアート思考的な問いを織り交ぜて行います。
- SCAMPER(スキャンパー): 既存のアイデアや要素を、Substitute(置き換え)、Combine(組み合わせ)、Adapt(応用)、Modify(修正・拡大)、Put to another use(別の用途)、Eliminate(削除)、Reverse(逆転・再配置)というチェックリストで検討し、新しいアイデアを生み出す手法をチームで実践します。
- 非日常を取り入れる: いつもと違う場所でワークショップを行う、チームメンバーの意外な趣味や特技をアイデア発想に取り入れる、といった非日常的な要素を意図的に持ち込むことで、思考の枠を外します。
ステップ4:素早いプロトタイピングとチーム内テスト
アイデアを出したら、完璧を目指すのではなく、チーム内で共有・検証できる形に素早く落とし込みます。デザイン思考のプロトタイピングとテストの考え方をチーム内に根付かせます。
- 手法例:
- ペーパープロトタイプ/ストーリーボード: サービスの流れやアイデアの概念を、簡単な絵や図、短い文章で表現し、チーム内で見ながら説明・議論します。
- ロールプレイング: アイデアが実現した際の状況やユーザー体験を、チームメンバーが役割を演じて再現してみる。
- 「極小」実装とフィードバック: アイデアのごく一部を、可能な範囲で実際に試してみる。例えば、告知文案だけ作ってチーム内で反応を見る、簡単なチラシを模擬的に作ってみるなど。チーム内で率直なフィードバックを行い、改善点を見つけます。
小規模・低予算のチームでも、高価なツールや大掛かりな準備は不要です。紙とペン、付箋、そして自由な発想と率直なコミュニケーションがあれば十分実践できます。
ステップ5:プロセス改善のためのチーム振り返り
プロジェクトの節目や期間末に、アート思考・デザイン思考の視点を取り入れた振り返りを行います。単なる反省会ではなく、未来への学びとプロセス改善につなげます。
- 手法例:
- アート思考的振り返り: プロジェクト期間を一つの「作品」と見立て、「この作品から自分は何を感じたか?」「この作品を通して、私たちが問い直すべきことは何か?」といった問いかけを行います。感情や直感も大切にし、数値化しにくい成果や学びにも光を当てます。
- KPT + デザイン思考: Keep(良かったこと)、Problem(問題だったこと)、Try(次に試すこと)という基本的な振り返りフレームワークに、デザイン思考の要素を加えます。例えば、Problemに対して「なぜそれが問題だったのか?」をチームで共感的に深掘りし、Tryでは複数のアイデアを出し合い、次のサイクルで「テスト」することを意識します。
- ジャーニーマップ作成: プロジェクトの開始から現在までの「道のり」を、チームの感情の波や重要な出来事を書き込みながらチーム全体で作成します。これにより、客観的な事実だけでなく、チームが経験した主観的な道のりを共有し、困難をどう乗り越えたか、何がモチベーションを保ったかなどを振り返ります。
地域プロジェクトでの実践例(架空)
ある中山間地域で、高齢者の孤立という課題に対し、交流サロンの運営を核としたプロジェクトが進められています。チームは当初、参加者数の増加に苦慮し、アイデアもマンネリ化していました。
そこでチームは、アート思考・デザイン思考を取り入れたチームワークショップを実施しました。
- 共感ワーク: 高齢者だけでなく、地域住民全体のペルソナを作成し、「サロンに来ない人はなぜ来ないのか?」をチームで深く議論。また、チームメンバー自身の「なぜこの活動をするのか?」を共有し、活動への原点を見つめ直しました。
- 問いの再定義: 「高齢者の孤立を防ぐ」という大きな問いを、「サロンに来ない高齢者にとって、本当に必要な『つながり』とは何か?」「私たちが提供しているのは、彼らが求める『価値』なのか?」と問い直しました。
- アイデア創出: 上記の問いに基づき、「サロンに来られない人へのアウトリーチ方法」「サロン以外の『つながり』の形」について、ブレインストーミングを実施。「移動式サロン」「手紙交換プログラム」「オンライン孫代行サービス(!)」など、ユニークなアイデアも多数生まれました。
- プロトタイピング&テスト: 生まれたアイデアの中から、「手紙交換プログラム」と「地域内デジタル活用教室」の二つに絞り、簡単な説明書や募集チラシの「たたき台」をチーム内で作成。役割分担して模擬的に高齢者役・運営役を演じ、使い勝手や伝わりやすさをテストしました。
- 振り返り: 定期的にチームで集まり、活動の進捗だけでなく、「私たちのチームの関係性はどうか?」「アイデア出しの場は安全か?」「新しい試みはチームにどんな変化をもたらしたか?」といったプロセス自体を振り返る時間を設けました。アート思考的な問いかけで、数値には表れない「チームの成長」や「個人の学び」も共有しました。
この結果、チームの風通しが良くなり、メンバーが自律的に新しいアイデアを提案するようになりました。「手紙交換プログラム」は小規模ながらスタートし、参加者から好評を得ています。
チーム実践における留意点と課題
アート思考・デザイン思考をチームに取り入れる際には、いくつかの留意点があります。
- ファシリテーションの重要性: 自由な発想や多様な意見を引き出し、収束させるためには、経験豊富なファシリテーターの存在が有効です。チーム内に適任者がいない場合は、外部の専門家を招くことも検討できます。
- 評価への不安: 特にアート思考的な「問い」や抽象的な議論は、具体的な成果に直結しないと感じられ、チーム内に戸惑いを生む可能性があります。目的を丁寧に説明し、プロセス自体を評価する文化を育むことが大切です。
- 時間とエネルギーの確保: 新しい手法を取り入れるには、チームメンバーの学習と実践のための時間、そして心理的なエネルギーが必要です。日々の業務に追われる中で、意識的にそのための時間と場を確保する必要があります。
- すべてのメンバーが「アーティスト」や「デザイナー」になる必要はない: 重要なのは、これらの思考法の「視点」や「プロセス」をチーム全体の共通言語・共通実践として取り入れることです。個々のメンバーは得意な役割を担いつつ、チームとして創造的なプロセスに関わることを目指します。
まとめ:アート思考・デザイン思考で、よりしなやかなチームへ
地域課題は複雑で変化に富んでいます。これに立ち向かうプロジェクトチームには、常に新しい視点を取り入れ、試行錯誤を恐れず、プロセスを改善し続けるしなやかさが求められます。
アート思考がチームに問いと多様性をもたらし、デザイン思考が共感と実践のサイクルを駆動させることで、チームはマンネリや停滞を乗り越え、より創造的で効果的な活動を展開することが可能になります。
本記事でご紹介した手法は、今日からでもチームで試せるものばかりです。ぜひ、あなたのチームでアート思考とデザイン思考を取り入れ、地域課題解決に向けた活動をさらに力強く、そして楽しく推進してください。チーム全体の創造性が高まることが、地域に新たな価値を生み出す大きな力となるはずです。