地域プロジェクトの実践力を引き出す『問い』の技術:アート思考とデザイン思考の活用法
地域におけるプロジェクト活動は、多様な関係者の存在、変化の速い社会情勢、そして予測困難な課題など、多くの要素が複雑に絡み合って進行します。このような状況下でプロジェクトを前に進め、具体的な成果へとつなげていくためには、単なる作業の遂行だけではなく、本質を見極め、新たな可能性を探求し続ける視点が不可欠です。
そこで注目されるのが、アート思考とデザイン思考の持つ「問い」の力です。これらの思考法は、既成概念にとらわれず、深く探求し、創造的な解決策を生み出すための強力なフレームワークを提供します。本稿では、地域プロジェクトの実践力を引き出す「問い」の技術に焦点を当て、アート思考とデザイン思考をどのように活用できるかを具体的に解説いたします。
地域プロジェクトにおける「問い」の重要性
地域課題解決に取り組む際、私たちはしばしば「何をすべきか」「どうすれば成功するか」といった「How」や「What」に焦点を当てがちです。しかし、より根源的な「なぜこの課題が存在するのか」「本当は何を目指したいのか」といった「Why」や、現状に対する「違和感は何か」「他にどのような可能性があるか」といった探求的な「問い」こそが、プロジェクトを本来あるべき方向へ導き、持続可能な変化を生み出す鍵となります。
「問い」は、思考を停止させず、現状を疑い、隠れた本質や潜在的なニーズを引き出す起点となります。特に、多様な価値観を持つ人々が集まる地域プロジェクトにおいては、関係者間の共通認識を形成し、深い共感を醸成し、新たなアイデアを共創するための重要なツールとなるのです。
アート思考とデザイン思考における「問い」の位置づけ
アート思考とデザイン思考は、それぞれ異なるアプローチを取りながらも、「問い」を中心に据える点で共通しています。
アート思考における「問い」: アート思考は、「自分は何を表現したいか」「世界をどう見ているか」といった、内的な問いや探求から出発します。これは、既存の枠組みや常識に疑問を投げかけ、「意味の探求」や「新たな視点の発見」を重視する思考法です。地域プロジェクトにおいては、当たり前となっている状況に対する「違和感」を捉え、「なぜそうなのか?」「本当にこれで良いのか?」といった根源的な問いを立てることで、課題の本質を深く掘り下げ、これまで見過ごされてきた可能性に光を当てることができます。
デザイン思考における「問い」: デザイン思考は、ユーザー(地域住民など)の視点に立ち、「この人は何を求めているのか?」「どのような体験をしているのか?」といった共感を起点とする問いから始まります。これは、具体的な課題解決を目指し、「どうすればより良い状態を生み出せるか」という実現可能性に焦点を当てる思考法です。「共感」「問題定義」「アイデア創出」「プロトタイピング」「テスト」というプロセスを循環させる中で、常に「問い」を更新し、仮説検証を繰り返しながら解像度を高めていきます。地域プロジェクトにおいては、住民の隠されたニーズや感情に寄り添う問いを立て、多様な意見や視点を引き出すことで、机上の空論ではない、現場に根差した解決策をデザインする力を養います。
地域プロジェクトを推進するための「問い」の種類と立て方
プロジェクトのフェーズや目的に応じて、様々な種類の「問い」を意識的に立てることが重要です。
-
課題発見・深掘りのための問い:
- 現状に対して、最も引っかかる「違和感」は何ですか?
- この課題の根本原因は、何だと思いますか?(表面的な問題ではなく)
- この状況から、誰が最も影響を受けていますか?その人は何を考えているでしょう?
- この課題が解決された「理想の状態」とは、具体的にどのようなものですか?
-
アイデア創出のための問い:
- もし時間や予算、規制といった制約が一切なかったら、何をしたいですか?
- 全く異なる分野(例:自然、テクノロジー、歴史上の出来事)からヒントを得るとしたら、何が考えられますか?
- この課題に対して、子供なら、アーティストなら、経営者なら、どのように考え、行動するでしょう?
- 今ある資源(人、場所、モノ、歴史)を、全く新しい方法で組み合わせるとしたら?
-
関係者理解・共感のための問い:
- あなたの「こだわり」や「大切にしていること」は何ですか?
- この地域で、どのような「未来」が訪れることを望みますか?
- このプロジェクトについて、最も「心配」していることは何ですか?
- もしあなたがこの立場だったら、どのように感じ、考え、行動するでしょう?(相手の視点に立つ)
-
プロトタイピング・検証のための問い:
- このアイデアの「最もリスクの高い仮説」は何ですか?それをどう検証できますか?
- 最低限の機能で、このアイデアの価値を試すにはどうすれば良いですか?
- このプロトタイプを使ってみて、率直な感想や気づきは何ですか?
- このプロトタイプによって、どのような「変化」が生まれそうですか?
-
振り返り・次への問い:
- 今回の活動で、最も「うまくいったこと」と「なぜうまくいったのか」は何ですか?
- 今回の活動で、最も「学び」が深かったのはどの点ですか?
- 次に試してみたいこと、変えてみたいことは何ですか?
- この経験は、自分たちの「ビジョン」や「目標」にどうつながりますか?
具体的な「問い」の技術・フレームワーク
効果的な問いを立てるためには、いくつかの技術やフレームワークが役立ちます。
- 「なぜ?」を繰り返す(5 Whysなど): 一つの問題に対して「なぜ?」を5回ほど繰り返すことで、表面的な原因だけでなく、より深層にある根本原因にたどり着くことができます。これはデザイン思考の「問題定義」フェーズで特に有効です。
- 「もし〜だったら?」と仮説を立てる: 現実にはあり得ないような極端な状況や、理想的な状況を仮定することで、固定観念を破り、大胆なアイデアを引き出すことができます。これはアート思考やデザイン思考の「アイデア創出」に役立ちます。
- 「当たり前」を疑う問い: 日常的に受け入れている常識や習慣に対して、「本当にそうなのか?」「他のやり方はないのか?」と問いかけます。アート思考的な視点から、現状への疑問を呈することで、新たな視点を獲得します。
- 「反対視点」からの問い: 課題やアイデアに対して、賛成意見だけでなく、あえて反対する立場、批判的な視点からの問いを立ててみます。「このアイデアの弱点は?」「これを行うことで誰が困るか?」といった問いは、リスクを洗い出し、計画の精度を高めます。
- 「五感」に訴えかける問い: 見た目だけでなく、音、香り、手触り、味といった五感に関わる問いを立てることで、より具体的で豊かなインサイトを得られます。デザイン思考の「共感」や「プロトタイピング」において、ユーザー体験を深く理解するために有効です。
- 関係者を巻き込む問いかけの工夫:
- 「はい/いいえ」で答えられるクローズドクエスチョンだけでなく、自由な発想を引き出すオープンクエスチョン(「〜についてどう思いますか?」「他にどんな可能性が考えられますか?」など)を多用します。
- 問いを投げかけるだけでなく、相手の回答を丁寧に傾聴し、さらにその回答に対する「なぜ?」や「具体的には?」といった掘り下げの問いを続けることで、対話を深めます。
- 否定的な言葉を使わず、「なるほど、他には?」といった肯定的な姿勢で多様な意見を引き出します。
現場での留意点と課題
「問い」は強力なツールですが、万能ではありません。実践においてはいくつかの留意点があります。
- 問いすぎによる混乱: あまりに多くの問いを同時に投げかけたり、問いが抽象的すぎたりすると、かえって関係者を混乱させてしまう可能性があります。問いは絞り込み、分かりやすい言葉で伝える工夫が必要です。
- 答えの出ない問い: アート思考的な根源的な問いの中には、すぐに明確な答えが出ないものもあります。すぐに答えを求めすぎず、問いを持ち続けること、探求のプロセスそのものを楽しむ姿勢も重要です。
- 問いへの抵抗: 既存の方法や考え方に慣れている人の中には、現状を疑う「問い」に対して抵抗を感じる方もいます。問いの意図を丁寧に説明し、安心できる対話の場を設けることが大切です。
- 問いっぱなしにしない: 問いを立てるだけでなく、そこから得られた気づきやアイデアを次の行動につなげることが最も重要です。問いから得られたインサイトを整理し、具体的なステップへと落とし込むプロセスを意識しましょう。
まとめ
アート思考とデザイン思考は、地域課題解決という複雑な実践において、私たちに「問い」の力を与えてくれます。アート思考は本質を見抜く根源的な問いを、デザイン思考は共感と実現に向けた探求的な問いをもたらします。
地域プロジェクトを推進する上では、これらの「問い」を意識的に使い分けること、そしてプロジェクトの各段階で適切な問いを立て続けることが、硬直化した思考を解きほぐし、新たな視点を発見し、多様な関係者との共創を深める鍵となります。
すぐに完璧な答えが見つからなくても構いません。「問い」を立て、探求し、対話を重ねるプロセスそのものが、地域の実践力を高め、より創造的で持続可能な未来をデザインすることにつながるはずです。ぜひ、日々の活動の中で「問い」を立てる習慣を大切にしてみてください。