アート思考・デザイン思考で「手ごわい対立」を可能性に変える:地域コンフリクトへの創造的アプローチ
地域課題の解決に向けた活動は、多様な立場や価値観を持つ人々が関わるからこそ、対立やコンフリクトに直面することが避けられません。意見の相違、利害の衝突、感情的な摩擦など、「手ごわい対立」はプロジェクトの推進を停滞させ、関係者の意欲を削いでしまう可能性があります。
しかし、これらの対立を単なる障害としてではなく、地域の本質的なニーズや潜在的なエネルギーの現れとして捉え直す視点を持つことはできないでしょうか。アート思考とデザイン思考は、このような地域におけるコンフリクトに対し、既存の解決策にとらわれない創造的なアプローチを提供するための有効なツールとなり得ます。
この記事では、アート思考とデザイン思考が、いかにして地域コンフリクトの硬直した状況を解きほぐし、新たな可能性へと転換させる力を持つのかを解説し、その具体的な実践方法について考察します。
地域コンフリクトをアート思考・デザイン思考で捉え直す
地域における対立やコンフリクトは、多くの場合、表面的な主張のぶつかり合いとして現れます。しかし、その根底には、それぞれの人が持つ深い価値観、経験、そして地域への思いが隠されています。アート思考やデザイン思考は、これらの見えにくい部分に光を当て、問題の捉え方そのものを変容させることを促します。
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アート思考の視点:問いを立て、本質を見つめる アート思考は、既存の枠組みや常識にとらわれず、物事の「本質とは何か?」と問いを立てることから始まります。地域コンフリクトにおいては、「なぜこの対立が起きているのか?」「この状況は何を教えてくれるのか?」「対立している人々の根底にある、本当に大切にしているものは何か?」といった問いを立てることが重要です。感情的な側面や、理屈では割り切れない「違和感」にも注意を向け、それを問いの出発点とすることで、対立の構造や背景にある複雑な人間関係、歴史、文化といった多層的な側面を浮き彫りにします。対立を「解決すべき問題」としてだけでなく、「地域が抱える潜在的なエネルギーや変化の兆候」として距離を置いて観察する視点も、アート思考ならではのアプローチと言えます。
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デザイン思考の視点:人間中心の共感と実践的な試行錯誤 デザイン思考は、常に人間を中心に据え、対象となる人々の深い理解(共感:Empathize)からスタートします。地域コンフリクトの文脈では、対立する当事者一人ひとりの立場に寄り添い、彼らが何を考え、何を感じ、何に困っているのかを徹底的に聞き取るプロセスが不可欠です。表層的な意見だけでなく、その背景にある感情や満たされていないニーズに焦点を当てます。そして、コンフリクトの本質的な問題定義(定義:Define)を多様な視点から行い、固定観念にとらわれない多様な解決策や関係性の再構築に関するアイデア(創造:Ideate)を生み出します。これらのアイデアは、すぐに大規模に実行するのではなく、小さく試すプロトタイピング(プロトタイプ:Prototype)と、そこからの学びを活かした改善(テスト:Test)を繰り返すことで、現実的な解決の糸口を探ります。
アート思考・デザイン思考を活用したコンフリクトへの実践アプローチ
アート思考とデザイン思考を組み合わせることで、地域コンフリクトに対して以下のような実践的なアプローチが可能となります。
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対立の「見える化」と本質的な「問い」の設定 まずは、コンフリクトに関わる全ての人々が、どのような状況にあるのか、何が問題だと感じているのかを「見える化」します。ワークショップ形式で、対立の構図や関係性を図解したり、それぞれの立場から見た課題を書き出したりする手法が有効です。ここでアート思考的な「問い」が力を発揮します。「この複雑な状況は、私たちの地域にどのような新しい可能性を示唆しているのだろうか?」「意見の対立を超えて、私たちに共通する願いは何だろう?」といった問いを共有することで、対立を乗り越えた先にあるビジョンに目を向けさせ、議論の焦点を変えることができます。
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深い「共感」に基づく当事者の理解 デザイン思考の「共感」フェーズを丁寧に実行します。対立する個々人やグループに対して、時間をかけて丁寧にヒアリングを行い、彼らのストーリー、感情、背景にある価値観、そして満たされていないニーズを深く理解することに努めます。一方的な聞き取りではなく、安全な対話の場をデザインし、お互いが正直な気持ちを語り合えるようにファシリテーションすることが重要です。この過程で、アート思考的な「観察」の視点、すなわち、相手の発言や態度から感じる「違和感」や「隠された感情」にも注意を払い、それをさらに深掘りするための問いに繋げます。
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多様な視点からの「問題定義」とアイデア創出 収集した情報をもとに、コンフリクトの根底にある本質的な問題が何かを定義し直します。これは、対立する各当事者の視点だけでなく、外部の視点、歴史的な視点など、多様な角度から行うことが望ましいです。定義された問題に対し、既存の解決策にとらわれず、アート思考的な自由な発想とデザイン思考のブレインストーミング手法を用いて、創造的なアイデアを幅広く生み出します。「もし対立する両者が共通の目標に向かうとしたら?」「もしこの場所が全ての人が安心して過ごせる場所になったら?」など、理想の状態や非現実的な可能性も含めて探求します。
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小さな「試み」としてのプロトタイピング 生まれたアイデアの中から、実現可能性が高く、かつコンフリクト緩和や関係性構築に繋がりそうなものを選び、小さなスケールで試行します。これは、対話の場を設け直すことから、共同で小さなプロジェクトを立ち上げること、あるいは特定の課題について協働で解決策を探るワークショップを開催することなど、様々な形が考えられます。デザイン思考の「テスト&イテレーション」の考え方に基づき、この試みから得られたフィードバックを丁寧に分析し、次の行動に活かしていきます。小さな成功体験や共同作業を通じた相互理解は、硬直した対立関係に変化をもたらす大きなきっかけとなります。
実践上の留意点と課題
アート思考・デザイン思考を地域コンフリクトに適用する際には、いくつかの留意点があります。
- 感情への配慮: コンフリクトは感情的な側面が非常に強く、理論通りに進まないことが多々あります。感情を否定せず、傾聴し、安全な場で表現できる機会を提供することが重要です。
- 時間と忍耐: 深い共感を得たり、信頼関係を構築したりするには、相応の時間と忍耐が必要です。短期的な解決を求めすぎず、プロセスを重視する姿勢が求められます。
- ファシリテーターの役割: 中立性を保ちながら、参加者全員が安心して意見を言える場を作り、対話を進めるファシリテーターの力量が大きく影響します。アート思考的な観察力やデザイン思考的な問いかけのスキルを持つファシリテーターの存在は不可欠です。
- 全ての対立が解決するわけではない: アート思考・デザイン思考を用いても、全ての対立が円満に解決するとは限りません。しかし、対立の本質を深く理解し、関わる人々との関係性を改善し、次善の策や共存の道を探るための糸口を見つけることは可能です。
まとめ
地域プロジェクトにおける対立やコンフリクトは避けられない挑戦ですが、それを単なる障害として捉えるのではなく、アート思考とデザイン思考の視点と手法を用いることで、地域の隠された可能性を引き出し、より創造的で持続可能な解決へと繋げる契機に変えることができます。深い共感に基づいた対話、対立そのものへの本質的な問いかけ、そして小さな試行錯誤を通じた関係性の再構築は、硬直した状況を動かすための強力な力となります。
実践者の皆様には、手ごわい対立に直面した際に、アート思考とデザイン思考のアプローチを思い出していただき、一見ネガティブに見える状況の中に潜む、新しい「問い」や「可能性」を探る勇気を持っていただきたいと思います。地域におけるコンフリクトへの創造的なアプローチは、困難な状況を乗り越えるだけでなく、関わる人々の成長や地域のレジリエンスを高めることにも貢献するでしょう。