遊び心と創造性で地域活動を活性化：アート思考・デザイン思考によるモチベーション向上戦略
地域活動の持続性を高める「遊び心」と「創造性」の力
地域課題解決に向けた活動は、しばしば長期にわたり、多くの労力と情熱を必要とします。しかし、活動がマンネリ化したり、参加者のモチベーションが低下したりすることで、その継続が困難になることも少なくありません。こうした状況を打開し、活動を持続可能で魅力的なものにするためには、単に目標達成を目指すだけでなく、活動そのものに「遊び心」や「創造性」を注入する視点が重要となります。
アート思考やデザイン思考は、この「遊び心」や「創造性」を地域活動に取り入れ、参加者の内発的な動機付けを促すための有効な思考法と実践的な手法を提供します。本稿では、アート思考とデザイン思考がいかに地域活動の活性化とモチベーション向上に貢献できるか、具体的なアプローチを交えて解説いたします。
アート思考とデザイン思考がもたらす新しい視点
地域課題解決におけるアート思考とデザイン思考の役割は多岐にわたりますが、特に活動のモチベーション維持や創造性の向上においては、それぞれの特性が活かされます。
アート思考の視点：問いと探求による「遊び」 アート思考は、既存の価値観や枠組みにとらわれず、自らの内なる問いを探求し、新たな視点や表現を生み出すプロセスを重視します。この「問いを立てる」「探求する」という行為そのものが、日常から離れた「遊び」や「実験」の感覚をもたらすことがあります。地域活動において、アート思考を取り入れることは、単なるタスクの遂行ではなく、「この活動の可能性は？」「もっと面白くするには？」といった問いを通じて、活動プロセス自体を主体的な探求の場へと変えることを意味します。これにより、参加者は義務感からではなく、知的好奇心や探求心から活動に関わるようになり、モチベーションの向上に繋がります。
デザイン思考の視点：共感と実験による「プロセス」の魅力化 デザイン思考は、人間中心のアプローチに基づき、共感から始まり、定義、アイデア創出、プロトタイピング、テストといった反復的なプロセスを経て課題解決を目指します。このプロセスにおいて重視される「共感」は、参加者一人ひとりの感情やニーズを理解することに繋がり、「プロトタイピング」や「テスト」は、小さく試して失敗から学ぶという「実験」の文化を育みます。地域活動においてデザイン思考を応用することは、参加者の「こうだったらいいな」という願望や「もっとこうしたい」という改善意識に寄り添い、活動プロセス自体を、全員でアイデアを出し合い、試し、改善していく創造的な共同作業としてデザインすることを可能にします。プロセスそのものが魅力的であることは、参加意欲を高め、活動の持続に大きく貢献します。
地域活動に遊び心・創造性を注入する実践アプローチ
アート思考とデザイン思考の考え方を踏まえ、地域活動に「遊び心」や「創造性」を取り入れるための具体的なステップをいくつかご紹介します。
1. 現状の「楽しさ」と「課題」を参加者と共に棚卸しする（共感・問い）
まずは、現在の活動について、参加者が「何に面白さを感じているか」「何に課題や退屈さを感じているか」を深く理解することから始めます。デザイン思考の共感フェーズのように、参加者へのインタビューや観察、あるいはアート思考のように、活動プロセスそのものに対して「これは本当に楽しいのか？」「他にどんな可能性があるか？」と問いを立てるワークショップなどを実施します。これにより、活動における「遊び心」や「創造性」の余地、そしてそれを阻害している要因が明らかになります。
2. 活動プロセスに意図的に「遊び」や「実験」の要素を組み込む（アイデア創出・プロトタイピング）
明らかになった課題や可能性に基づき、活動のプロセス自体を再デザインします。例えば、
- 会議や打合せの方法: 形式的な報告会だけでなく、アイデアソン形式を取り入れたり、参加者同士が互いの近況や関心を共有する時間を設けたりする。ファシリテーションにゲーム的な要素（例：アイデア出しで付箋の色分けに意味を持たせる）を加える。
- 役割分担: 参加者の得意なことや「やってみたい」という関心に基づき、柔軟に役割を交換したり、新しい役割を創り出したりする。
- 情報共有: 一方的な伝達だけでなく、視覚的なツール（イラスト、写真、簡単な映像）を使ったり、参加者自身が感じたことや気づきを自由に表現する機会（短い作文、スケッチなど）を設けたりする。
- イベント企画: 参加型の要素を増やし、予想外のハプニングや偶発的な出会いが生まれる仕掛けを取り入れる。
これらの変更は、デザイン思考のプロトタイピングのように、まずは小規模で試行し、参加者の反応を見ながら改善していくことが重要です。
3. 「成果」だけでなく「プロセス」を楽しむ文化を育む（マインドセット変革）
地域活動においては、目に見える成果（イベントの成功、施設の改修など）に焦点が当たりがちです。しかし、活動を持続させるためには、プロセスそのものから楽しさや学びを見出す視点が不可欠です。
- 小さな成功や面白い出来事を共有する: 定例会などで、活動中に起こった予期せぬ面白い出来事や、小さなアイデアがうまくいった経験などを積極的に共有し、ポジティブな雰囲気を醸成します。
- 失敗を学びの機会と捉える: デザイン思考が重視するように、失敗を恐れず、むしろそこから何を学べるか、次にどう活かすかを前向きに話し合う文化を作ります。「今回はうまくいかなかったが、こんな気づきがあった」という振り返りを当たり前に行います。
- 完成度よりも「やってみる」ことを奨励する: アート思考の探求のように、完璧を目指すよりも、まずはアイデアを形にしてみる、試してみるという姿勢を応援します。
4. 参加者の「得意」や「関心」を活動に結びつける（内発的動機付け）
人は、自分が関心を持っていることや、得意なことを活かせる活動に対して、より高いモチベーションを持ちます。デザイン思考の共感ステップで得られた参加者のペルソナやインサイトに基づき、彼らの個性やスキルが最大限に活かされるような役割やタスクをデザインします。例えば、絵を描くのが好きな人には広報物のデザインを依頼したり、人と話すのが好きな人には対話の場づくりを任せたりするなど、個々の「らしさ」が輝く機会を意識的に作ります。これは、活動の効率を高めるだけでなく、参加者自身の自己肯定感を高め、活動へのエンゲージメントを深めることに繋がります。
事例に学ぶ遊び心と創造性の注入
具体的な事例として、ある地域で企画された住民参加型のまちづくりワークショップが挙げられます。従来の堅苦しい形式ではなく、アート思考を取り入れた「問いかけ」から始まり、参加者が自由に町の未来を絵やオブジェで表現する時間を設けました。また、デザイン思考の共感フェーズを応用し、互いの「理想の暮らし」について深い対話を行う時間を設け、その内容を模造紙にグラフィック化していきました。これにより、参加者は単に町の課題を議論するだけでなく、自分たちの内にある想いや創造性を表現する楽しさを体験し、ワークショップ自体が遊びのような感覚で行われました。結果として、参加者の満足度が高まり、その後の継続的な活動への参加意欲が増すこととなりました。これは、プロセスに遊び心と創造性を組み込むことで、参加者のモチベーション向上と活動の活性化を実現した事例と言えます。
留意点と課題
地域活動に遊び心や創造性を注入する上で、いくつかの留意点があります。
- 「遊び」と「目的」のバランス: 遊び心を取り入れることは重要ですが、活動本来の目的を見失わないように注意が必要です。遊びは、あくまで活動を活性化し、目的達成を促進するための手段であるべきです。
- 多様な参加者への配慮: 全ての参加者が同じように「遊び心」や「創造性」を求めるわけではありません。形式的なプロセスを好む方や、具体的なタスク遂行を重視する方もいます。多様なニーズを理解し、様々なアプローチを組み合わせることが求められます。
- 変化への抵抗: 新しいやり方や遊び心を取り入れることに対し、既存のやり方に慣れた参加者から抵抗がある可能性もあります。その場合は、デザイン思考のプロトタイピングのように、まずは小さな試みから始め、成功体験を共有することで理解を得ていくことが有効です。
まとめ
地域活動の持続的な活性化と参加者のモチベーション向上は、多くの実践者が直面する課題です。アート思考とデザイン思考は、これらの課題に対し、単なる効率化や目標管理とは異なるアプローチを提供します。活動プロセスに意図的に「遊び心」と「創造性」を注入することで、参加者は義務感から解放され、内発的な動機に基づき活動に主体的に関わるようになります。
アート思考による「問い」と「探求」は活動に新しい視点とエネルギーをもたらし、デザイン思考による「共感」と「実験」はプロセスそのものを魅力的な共同作業へと変容させます。これらの思考法を組み合わせ、活動の現状を把握し、プロセスを再デザインし、プロセスを楽しむ文化を育み、参加者の個性を活かすことで、地域活動はより豊かで、持続可能なものとなるでしょう。
地域活性化の現場において、アート思考とデザイン思考を、課題解決のためのツールとしてだけでなく、活動そのものを面白く、主体的な学びと探求の場とするための視点として活用されていくことを願っております。