アート思考・デザイン思考で地域住民と共に創る実践ガイド:共創を成功させる巻き込みとファシリテーション
地域課題の解決や地域活性化に取り組む際、地域住民の方々との連携は不可欠です。しかし、「どのように住民の皆さんに参加を促すか」「多様な意見をどう集約し、プロジェクトに活かすか」といった、いわゆる「住民の巻き込み」や「共創」には多くの困難が伴います。
この記事では、アート思考とデザイン思考が、地域住民との共創を促進し、より創造的で実現性の高い地域課題解決につながる理由と、その具体的な実践方法について解説いたします。地域での活動を始めたばかりの方や、住民参加型プロジェクトの質を高めたいと考えている方にとって、実践的なヒントとなる情報を提供できれば幸いです。
地域住民との共創が重要である理由
地域課題は、その地域に暮らす方々自身が最も深く理解しています。課題の根源、日々の暮らしの中で感じる不便さや喜び、そして地域ならではの文化や歴史的背景は、外部の視点だけでは捉えきれません。そのため、地域課題の解決には、住民の方々が主体的に関わり、共に考え、共に行動する「共創」のアプローチが極めて重要になります。
共創は、単に住民に協力を求めるだけでなく、プロジェクトの企画段階から意思決定、実行、評価に至るまで、あらゆる段階で住民の視点やアイデア、力を借りながら進めるプロセスです。これにより、住民のニーズに即した解決策が生まれやすくなるだけでなく、プロジェクトへの当事者意識が醸成され、持続可能な活動につながる可能性が高まります。
アート思考とデザイン思考が共創にもたらすもの
アート思考とデザイン思考は、それぞれ異なるアプローチを持ちながらも、地域住民との共創において非常に有効な視点やツールを提供してくれます。
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アート思考:新しい「問い」と多様な「解釈」を生み出す
- アート思考は、既存の枠組みや常識にとらわれず、自分自身の内面や直感に基づき、独自の「問い」を立てることから始まります。「これは本当に解決すべき課題なのか」「そもそもこの状況をどう感じているのか」といった根源的な問いは、住民一人ひとりの多様な感覚や価値観を引き出すきっかけとなります。
- 地域住民は均一な集団ではありません。それぞれ異なる経験、考え方、関心を持っています。アート思考的なアプローチは、多様な住民の視点や、普段言葉にならない感覚、潜在的な願望などを引き出し、既存の課題認識を揺さぶり、新たな可能性を模索する土壌を作ります。
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デザイン思考:共感から具体的な「解決策」を共につくり出す
- デザイン思考は、常に「人間中心」のアプローチをとります。最初のステップである「共感(Empathize)」では、対象となる人々の立場に立ち、そのニーズや課題、感情を深く理解しようと努めます。地域課題解決においては、住民一人ひとりの声に耳を傾け、その背景にある感情や状況を理解することが、共創の出発点となります。
- また、デザイン思考の「発想(Ideate)」「プロトタイプ(Prototype)」「テスト(Test)」といった段階は、住民と共にアイデアを出し合い、具体的な形にし、試行錯誤を繰り返しながらより良い解決策へと磨き上げていくプロセスと非常に親和性が高いです。言語だけでなく、絵や模型、寸劇など、非言語的なツールを用いてアイデアを共有・検討する手法は、多様な参加者にとって理解しやすく、議論を活性化させます。
アート思考は共創の初期段階で、住民の多様な感覚や潜在的なニーズを引き出し、新たな問いや視点をもたらすことに寄与します。デザイン思考は、引き出された多様な情報をもとに、共感を深め、住民と共に具体的なアイデアを形にし、検証するプロセスを推進します。これら二つの思考法を組み合わせることで、住民との共創はより深く、創造的で、実践的なものとなるのです。
地域住民と「共に創る」実践ステップとファシリテーション
アート思考とデザイン思考の視点を活かして地域住民との共創を進めるための具体的なステップと、重要なファシリテーションのポイントを解説します。
ステップ1:共創の目的と「問い」を住民と共に設定する
プロジェクトの目的を明確にすることは重要ですが、それを住民に一方的に伝えるのではなく、「なぜこの課題に取り組むのか」「この地域をどんな場所にしたいか」といった根本的な「問い」を住民と共に探求することから始めます。
- ファシリテーションのポイント:
- 参加者が安心して自分の意見や感覚を表現できる場を作る(心理的安全性)。
- 「正しい答え」を求めず、多様な意見や一見関係ないような話も否定せずに受け止める。
- アート思考的な問いかけ(例:「この地域の音を聞いて、どんな色や形を想像しますか?」など感覚に訴えるもの)を用いて、言語化しにくい思いを引き出す。
- 少人数での対話の機会を多く設ける。
ステップ2:多様な視点とアイデアを共感的に収集する
地域の様々な立場の人々(高齢者、若者、子育て世代、事業者、行政職員など)から、課題や可能性に関する情報、そしてそれに対する思いや感覚を収集します。デザイン思考の共感フェーズのように、観察、インタビュー、体験などを通じて深く理解することを目指します。アート思考の視点からは、課題の「解決」だけでなく、「表現」や「問い直し」といった方向からもアイデアを収集します。
- ファシリテーションのポイント:
- 特定の層だけでなく、普段地域活動に関わらない人たちの声も聞く工夫(個別訪問、出張カフェなど)。
- インタビューでは「なぜそう思うのですか?」など、感情や背景に焦点を当てた問いかけを繰り返す。
- KJ法やマインドマップなど、情報やアイデアを整理・可視化する手法を住民と共に使う。
- 絵、写真、コラージュなど、言語以外の表現手段を導入し、多様な参加者がアイデアを出しやすくする。
ステップ3:アイデアを具体的な「かたち」に落とし込む(プロトタイピング)
収集した多様な視点やアイデアをもとに、地域住民と共に具体的な解決策や活動のアイデアを検討し、可能な範囲で「かたち」にしてみます。デザイン思考のプロトタイピングの考え方を取り入れ、完璧を目指さず、素早く、安価に試せるものを作ります。
- ファシリテーションのポイント:
- ワークショップ形式で、模造紙、付箋、ペン、ハサミ、段ボールなど身近な素材を使ってアイデアを具体化する機会を設ける。
- 専門用語を避け、誰にでも理解できるよう平易な言葉で説明する。
- 「失敗しても大丈夫」「まずはやってみよう」という雰囲気を醸成する。
- 小規模プロジェクトや予算制約がある場合は、既存の資源(空き家、公共スペース、地域の素材など)や、地域住民の持つスキル・ネットワークを活用するアイデアを重視する。
ステップ4:プロトタイプを共有し、フィードバックを得る(テスト)
作成したプロトタイプやアイデアの「たたき台」を他の住民や関係者に見てもらい、率直な意見や感想(フィードバック)をもらいます。これは単なる評価ではなく、さらなる改善や新しいアイデアを生み出すための重要なステップです。
- ファシリテーションのポイント:
- 発表会、展示、試行的なイベント開催など、気軽にフィードバックできる機会を設ける。
- 批判ではなく、建設的な意見交換を促すファシリテーションを行う。「どこが良かったか」「もっとこうなったらどうなるか」といった前向きな視点を促す。
- 得られたフィードバックを丁寧に記録し、どのように改善に活かすかを住民と共有する。
- プロジェクトの成果だけでなく、共創のプロセス自体で生まれた「気づき」や「変化」も重要な成果として共有する。成果の可視化には、写真や動画、住民の言葉を集めたレポートなどが有効です。
ステップ5:継続的な関係性を構築する
共創は一度きりのイベントではなく、継続的なプロセスです。プロジェクト終了後も、住民が主体的に関われる仕組みを作ったり、気軽に参加できる交流の場を設けたりすることで、次の共創へとつながる土壌を育みます。
- ファシリテーションのポイント:
- プロジェクトの進捗や成果を定期的に住民に報告する。
- 住民が主体的に役割を担える機会を作る。
- フォーマルな場だけでなく、 informal な交流の機会も大切にする。
現場で直面しやすい課題と対処法
地域住民との共創では、以下のような課題に直面することがあります。
- 一部の住民しか参加しない、特定の層の声が大きい:
- 対処法:参加しやすい時間帯や場所を工夫する。回覧板や口コミなど、多様な媒体で情報発信する。個別訪問や戸別訪問を丁寧に行う。地域のキーパーソンに協力を仰ぐ。アートや表現活動など、普段と異なる切り口で関心を引き出す。
- 意見対立や合意形成の難しさ:
- 対処法:対立意見も貴重な視点として丁寧に傾聴する。なぜその意見に至ったのか、背景にある思いを聞き出す。全員が完全に一致することを目指すのではなく、共通の目的や価値観を確認し、合意可能な範囲を見つける。ワークショップの手法(例:ワールドカフェ、オープンスペーステクノロジーなど)を活用する。
- 住民のモチベーション維持:
- 対処法:プロジェクトの進捗を定期的に分かりやすく共有し、貢献を実感してもらう。小さな成功体験を積み重ねる。感謝の気持ちを伝え、参加者の労をねぎらう。単なる「手伝い」ではなく、「共に創っている」という意識を醸成する。
- 成果が見えにくい、評価が難しい:
- 対処法:数値化できる成果だけでなく、「住民のつながりが生まれた」「地域への愛着が増した」「新しい挑戦が始まった」といった定性的な変化も重要な成果として捉え、可視化する(参加者の声、写真、ストーリーテリングなど)。評価の指標を事前に住民と共に設定することも有効。
まとめ
地域課題解決における地域住民との共創は、表層的な解決にとどまらず、地域の活力そのものを高める可能性を秘めています。アート思考がもたらす自由な発想と新しい問い、そしてデザイン思考が培う共感と具体的な実践プロセスは、この共創をより豊かで実りあるものにする強力なツールとなります。
この記事でご紹介した実践ステップやファシリテーションのポイントが、皆様が地域住民と共に未来を創る活動の一助となれば幸いです。重要なのは、完璧な方法を求めるのではなく、地域住民の方々への敬意と共感を持って対話し、共に考え、試行錯誤を重ねながら、その地域ならではの共創のあり方を模索していく姿勢そのものです。