地域で始めるアート思考・デザイン思考:対話と共感を引き出すワークショップの作り方
はじめに:地域課題解決における対話と共感の重要性
地域の課題解決を進める上で、関係者間の対話と深い共感は欠かせません。表面的な意見交換に留まらず、多様な立場にある人々の声に耳を傾け、その背景にある想いや潜在的なニーズを理解することが、真に地域に根ざした解決策を生み出す鍵となります。しかし、多様な価値観が混在する地域社会において、こうした深い対話や共感をいかに育むかは容易なことではありません。
ここで有効なアプローチとなるのが、アート思考とデザイン思考の視点を取り入れたワークショップ設計です。アート思考は、固定観念に囚われず、自らの内なる問いと向き合い、多様な解釈や表現を許容する姿勢を促します。一方、デザイン思考は、人間中心のアプローチで対象者への共感を深め、問題解決に向けたプロセスを体系化します。これら二つの思考法を組み合わせることで、地域の人々が自らの言葉で語り、互いの感情や立場を理解し、共に新しいアイデアを生み出すための、創造的で安全な「場」としてのワークショップを設計することが可能になります。
本稿では、地域における対話と共感を促すアート思考・デザイン思考ワークショップの具体的な設計方法と、実践におけるポイントについて解説します。
地域対話ワークショップが抱えがちな課題
従来の地域における話し合いの場や会議体では、以下のような課題に直面することが少なくありません。
- 特定の発言者に意見が偏る: 積極的に発言する人が限られ、多様な声が拾われにくい。
- 形式的な報告や状況説明が中心になる: 参加者の内的な想いや感情、個人的な体験が共有されにくい。
- 議論が抽象的になりがち: 具体的な行動や解決策に結びつきにくい。
- 過去の成功・失敗体験に縛られる: 新しい発想や異なる視点が生まれにくい。
- 「正解」を求めすぎる: 自由な発想や試行錯誤が抑制される。
これらの課題は、参加者が安心して自分自身を表現し、他者と深く関わるための「心理的な安全性」が十分に確保されていないこと、そして、新しい視点や共感を促す「問い」や「プロセス」が不足していることに起因することが多いと考えられます。
アート思考・デザイン思考がワークショップ設計にもたらす視点
アート思考とデザイン思考は、前述の課題を克服し、より豊かで創造的な地域対話ワークショップを実現するための強力なフレームワークを提供します。
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アート思考の視点:
- 「問い」を立てる力: 既存の枠組みや常識を疑い、「本当にそうだろうか?」「自分はどう感じるか?」といった内省的な問いを促します。地域課題に対しても、当たり前とされている状況に新しい角度から光を当てることができます。
- 多様な解釈と表現の受容: 唯一絶対の正解を求めず、参加者それぞれの感じ方、考え方、表現方法を尊重します。これにより、普段は声に出しにくい個人的な思いや感覚も共有されやすくなります。
- プロセスそのものの価値: 結果だけでなく、対話や共感、創造のプロセスそのものに価値を見出します。
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デザイン思考の視点:
- 共感 (Empathize): ワークショップの参加者自身、あるいはワークショップで扱うテーマに関わる人々(地域住民、利用者など)の立場に立ち、感情やニーズを深く理解しようと努めます。共感マップやペルソナ作成といった具体的な手法が役立ちます。
- 問題定義 (Define): 共感のステップで得られた洞察に基づき、解決すべき本当の課題を明確に定義します。
- アイデア創造 (Ideate): 定義された課題に対して、多様で革新的なアイデアを自由に生み出します。ブレインストーミングやKJ法などが用いられます。
- プロトタイプ作成 (Prototype): アイデアを具体的な形(模型、絵、寸劇など)にしてみることで、参加者間の理解を深め、フィードバックを得やすくします。
- テスト (Test): 作成したプロトタイプを対象者に試してもらい、改善点を見つけます。
これらの視点を統合することで、参加者が受け身ではなく主体的に関わり、互いの違いを認め合いながら、深いレベルでの理解と共感を育み、未来に向けた創造的な一歩を踏み出すワークショップを設計することが可能になります。
地域対話・共感ワークショップ設計のステップ
アート思考・デザイン思考の視点を取り入れたワークショップは、以下のステップで設計を進めることができます。
ステップ1:目的とゴールの設定
- なぜこのワークショップを行うのか? (Why) 地域課題の発見、関係性の構築、アイデア出し、共通ビジョンの形成など、具体的な目的を明確にします。
- ワークショップ終了後に参加者にどうなっていてほしいか? (What) 参加者間の相互理解が深まっている、新しいアイデアが生まれている、次の行動への意欲が高まっているなど、達成目標を具体的に言語化します。誰に(対象者)、何を(行動や意識の変化)もたらしたいのかを明確にすることで、プログラム全体の方向性が定まります。
ステップ2:対象者の理解とペルソナ設定
- 誰が参加するのか? (Who) 参加者の年齢層、職業、地域での立場、地域活動への関心度、アート思考・デザイン思考への馴染みなどを想定します。
- 参加者はワークショップに何を期待しているか? どんな不安を抱えているか? 参加者の視点に立って、ニーズや感情を想像します。可能であれば、事前に簡単なヒアリングやアンケートを行うとより解像度が上がります。理想的な参加者像を複数設定し、簡易的なペルソナを作成することも有効です。
ステップ3:プログラム構成案の作成
- 時間配分: 全体の時間、各セッションの時間配分を決めます。休憩時間も考慮します。
- プログラムの流れ: アイスブレイク、目的共有、インプット(簡単な背景説明など)、共感を深めるアクティビティ、アイデア発想アクティビティ、アイデアの具体化(プロトタイピング)、共有・発表、振り返り、今後の展望、質疑応答などの要素を適切に配置します。参加者が飽きないよう、座学だけでなく、体験型のワークをバランス良く取り入れることが重要です。
- 場所と環境: ワーク形式に適した、参加者がリラックスでき、自由に動き回ったり発言したりしやすい場所を選びます。模造紙や付箋などを貼りやすい壁面があるか、少人数のグループワークができるかなどを確認します。
ステップ4:具体的なアクティビティの選定と設計
目的と対象者に応じて、アート思考・デザイン思考の考え方に基づいた具体的なワークを選定・設計します。
- 共感を深めるワーク(デザイン思考「共感」):
- 共感マップ作成: 特定のテーマ(例:「この地域の若い親の生活」「高齢者の移動の困りごと」)について、対象者が「見ていること」「聞いていること」「考えていること」「感じていること」などをグループで書き出し、共有します。
- ユーザー(参加者)ジャーニーマップ: 特定の体験(例:「地域のイベントに参加するプロセス」「行政サービスを利用するプロセス」)について、時間軸に沿って対象者の行動、思考、感情の変化を可視化します。
- 「もし〜だったら?」の問い: 例:「もしこの地域が美術館になったら?」「もしあなたが10歳の子供だったら、この地域はどう見える?」など、視点を変える問いかけで、共感を促します。
- 問いを立て、内省を促すワーク(アート思考):
- 「問い」の生成ワーク: 地域課題やテーマについて、参加者それぞれが「気になること」「不思議に思うこと」「当たり前だと思っていることへの違和感」などから問いを立て、共有します。「なぜそう思うのだろう?」「これまでのやり方以外に何かあるだろうか?」といった問いかけを促します。
- キーワードからの連想: 地域に関するキーワード(例:祭り、里山、空き家など)から、自由にイメージや感情、疑問などを付箋に書き出し、関連性を見つけます。
- 内省を促すカードや写真の使用: 抽象的な問いかけや、地域に関連する写真、あるいは全く関係ないイメージ写真などを用いて、参加者の内的な気づきや感情を引き出すきっかけとします。
- アイデア発想・具体化ワーク(デザイン思考「アイデア」「プロトタイプ」):
- ブレインストーミング: 定義した課題に対し、質より量を重視して自由にアイデアを出し合います。他者のアイデアを否定せず、乗っかる(発展させる)ことを奨励します。
- アイデアスケッチ: 言葉だけでなく、絵や図でアイデアを表現します。
- 簡易プロトタイピング: 段ボール、粘土、レゴ、身近な材料を使って、アイデアの具体的な形や仕組みを簡単な模型などで表現します。寸劇やロールプレイングも有効なプロトタイピング手法です。
これらのアクティビティを組み合わせることで、参加者が思考し、対話し、共感し、創造するプロセスを体験できるワークショップを構築します。
ステップ5:ファシリテーション計画
ワークショップの成功はファシリテーションにかかっています。
- 心理的安全性の確保: 参加者が安心して発言できるよう、場のルール(例:他者の意見を否定しない、時間管理を守るなど)を最初に共有します。アイスブレイクで緊張を和らげます。
- 多様な意見の受容と促進: 発言が少ない参加者にも問いかけたり、グループ内で意見を出しやすい雰囲気を作ります。異なる意見や対立する意見が出た場合も、それらを否定せず、両方の視点を尊重し、問いを通じて掘り下げます。
- 時間の管理: プログラム通りに進むよう、時間配分を意識します。
- アクティビティの意図説明: 各ワークを行う目的や期待される効果を参加者に分かりやすく伝えます。
- 問いかけの技術: 参加者の思考や感情を引き出すオープンな問い(「どのように感じましたか?」「何に気づきましたか?」など)を効果的に使用します。
ステップ6:準備と実施
会場設営、必要な物品(模造紙、付箋、ペン、プロトタイピング材料など)の準備、参加者への丁寧な告知(目的、日時、場所、持ち物など)を行います。当日は、参加者を温かく迎え入れ、設定したプログラムに沿って進行します。
ステップ7:振り返りと評価
ワークショップ終了後、参加者に簡単なアンケートや口頭での振り返りをお願いします。「どんな気づきがあったか?」「何が心に残ったか?」「今後どう活かしたいか?」といった問いを通じて、学びを定着させます。主催者側も、ワークショップの目的がどの程度達成できたか、プロセスは適切だったかなどを振り返り、次回の改善に活かします。
地域でのワークショップ実施における留意点
- 参加ハードルを下げる工夫: 開催時間帯(平日の夜、週末など)、場所(公共交通機関からのアクセス、駐車場)、参加費などを、想定する対象者が参加しやすいように調整します。託児サービス提供なども検討に値します。ワークショップの内容を難しく捉えられないよう、「アートやデザインの経験は不要です」といったメッセージを明確に伝えます。
- 多様な参加者を迎えるために: 特定の層だけでなく、様々な年代、職業、立場の人に声をかけます。普段地域活動に関わらない層にどうリーチするかは工夫が必要です。信頼できる地域住民や関係者からの声かけが有効な場合もあります。
- ワークショップで生まれたアイデアを次にどうつなげるか: ワークショップはあくまでプロセスの一つです。そこで生まれたアイデアや気づきを、その後の具体的な活動やプロジェクトにどう連携させていくのか、参加者と共有し、次のステップへの道筋を示すことが重要です。
- 予算が限られる場合: 高価な材料や場所を用意できなくても、身近なもの(例えば、地域のフリーペーパー、落ち葉、石など)を材料にしたり、公民館などの公共スペースを利用したりするなど、工夫次第で実現可能です。最も大切なのは、高価なツールではなく、参加者間の対話と創造性を引き出す設計とファシリテーションです。
まとめ:地域に新しい対話と創造性をもたらす可能性
アート思考とデザイン思考の視点を取り入れたワークショップは、地域における対話と共感を深め、多様な人々が主体的に地域づくりに関わるための有効な手法です。単に意見交換する場としてではなく、参加者一人ひとりが自らの内面と向き合い、他者と共感し、共に未知の可能性を探求する創造的な体験を提供することを目指します。
ワークショップで育まれた対話と共感は、地域に新たな関係性を築き、既存の課題に対する新しい視点をもたらし、予測不能な変化にも対応できるしなやかな地域社会の基盤を強化することにつながります。ぜひ、皆様の地域での実践において、これらの視点を活かしたワークショップ設計に挑戦していただければ幸いです。