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地域課題の本質に迫るフィールドワーク:アート思考の問いとデザイン思考の観察

Tags: フィールドワーク, アート思考, デザイン思考, 地域課題解決, 実践ガイド

地域課題解決に取り組む際、デスク上での情報収集だけでは見えない、現場ならではの「本質」が数多く存在します。地域住民の感情、日常のささやかな営み、場所の雰囲気、そこに流れる時間――これらはデータや統計だけでは捉えきれない、課題の根幹に関わる要素です。これらの本質に触れるための強力な手法が、フィールドワークです。

しかし、単に現場を訪れるだけでは、表面的な情報に留まってしまうことも少なくありません。どのように現場を見て、何に耳を澄まし、いかにして深い理解を得るのか。ここでは、アート思考の「問いを立てる力」とデザイン思考の「深く観察する力」を組み合わせた、地域課題解決のための実践的なフィールドワーク手法をご紹介いたします。

アート思考の「問い」がフィールドワークにもたらす視点

アート思考は、既存の常識や当たり前を疑い、自分自身の視点から独自の「問い」を立てることを重視します。この「問い」を持つことは、フィールドワークにおいて以下のような重要な役割を果たします。

  1. 既成概念の突破: 「なぜここは他の地域と違うのだろうか?」「この場所の住民は何に喜び、何を不便に感じているのだろうか?」といった根本的な問いは、事前に抱いていたイメージや固定観念を取り払い、新たな視点から現場を見ることを促します。
  2. 観察の焦点を定める: 漠然と現場を見るのではなく、「この問いに答えるヒントはどこにあるだろうか?」と意識することで、観察対象や収集すべき情報に意図と深みが生まれます。
  3. 多様な解釈の可能性: 一つの現場から多様な問いが生まれるように、アート思考の問いは、一つの現象に対して複数の解釈や意味づけの可能性を示唆し、より多角的な理解を助けます。

フィールドワークに出る前に、あるいは現場で感じた「違和感」や「興味」から、「本当は何が起きているのだろう?」「この状況は何を示唆しているのだろう?」といった、答えの定まらない、しかし本質に迫るような「問い」を立ててみることが有効です。

デザイン思考の「観察」で現場から深い洞察を得る

デザイン思考のプロセスは、まずユーザー(この場合は地域住民や現場)への深い共感(Empathy)から始まります。この共感を育むために不可欠なのが、「観察」です。デザイン思考における観察は、単に物を見るだけでなく、人々の行動、感情、潜在的なニーズを理解しようとする能動的なプロセスです。

フィールドワークにおけるデザイン思考の観察のポイントは以下の通りです。

  1. 五感をフル活用する: 視覚だけでなく、聴覚、嗅覚、触覚など、五感を研ぎ澄ませて現場の空気を感じ取ります。「どんな音がするのか?」「どんな匂いがするのか?」「どんな肌触りか?」といった感覚情報は、理性的な情報だけでは得られない気づきを与えてくれます。
  2. 「観察」と「傾聴」: 人々の言葉だけでなく、非言語的な情報(表情、仕草、周囲との関わり方)も注意深く観察します。また、話を聞く際には、相手の言葉の裏にある感情や価値観、潜在的なニーズを理解しようと「傾聴」する姿勢が重要です。
  3. 「Why?」を問い続ける: なぜその行動をとるのか、なぜそのように感じるのか、といった「なぜ?」を自分自身に問いかけながら観察することで、表面的な行動の背景にある理由や動機に迫ることができます。これはアート思考の問いと連動し、観察をより深くします。
  4. バイアスを意識する: 自分自身の経験や価値観からくるバイアス(偏見)が観察に影響することを認識し、できる限り客観的に、そして様々な視点から現場を見るよう努めます。

アート思考の問いとデザイン思考の観察を組み合わせた実践ステップ

両思考法を組み合わせたフィールドワークは、以下のようなステップで進めることができます。

ステップ1:目的設定と初期の問い立て

プロジェクトの目的を明確にし、それに関連する初期的なアート思考的な「問い」を立てます。「この地域の魅力とは何だろうか?」「この地域の課題は本当に住民が感じていることなのだろうか?」など、抽象的でも構いません。同時に、デザイン思考の視点から「誰を観察するか」「何を観察するか」といった仮説を設定します。

ステップ2:フィールドワークの計画

誰が(観察者)、どこで(場所)、いつ(時間帯)、何を(対象)、どのように(方法)観察・傾聴するかを具体的に計画します。五感を活用するためのチェックリストや、インタビューの際の質問リスト(ただし現場での柔軟な対応を前提とする)、記録方法(ノート、写真、録音、スケッチなど)を準備します。

ステップ3:現場での実践

計画に基づき、現場で観察と傾聴を行います。単にスケジュールをこなすだけでなく、アート思考の問いを常に意識し、「これはあの問いにどう関係するだろうか?」と考えながら、デザイン思考的な注意深い観察を続けます。予期せぬ出来事や、計画にはなかった「違和感」「気づき」こそが重要な情報源となり得ます。それらを逃さず記録することが重要です。住民との対話では、相手に寄り添い、言葉の背景にある感情や動機を引き出すよう努めます。

ステップ4:記録の整理と共有

現場で得た情報(観察記録、インタビューのメモ、写真、スケッチなど)を、可能な限り速やかに整理します。記録は、事実だけでなく、観察者自身の「気づき」「感情」「疑問」も含めて残すと、後の分析に役立ちます。チームでフィールドワークを行った場合は、持ち帰った情報を共有し、それぞれの視点からの気づきや問いを共有する時間を設けます。

ステップ5:分析と洞察

整理・共有した情報をもとに、深い分析を行います。 * アート思考の視点:「この情報からどんな新しい問いが生まれるか?」「これまで見えなかった本質は何だろうか?」 * デザイン思考の視点:「観察から見えてきたパターンは?」「住民の潜在的なニーズや課題は何か?」「共感すべきポイントは?」 ポストイットや模造紙を用いたKJ法やアフィニティダイアグラムなどの手法は、情報間の関連性を見つけ、洞察を深めるのに有効です。ここで、課題の本質や隠れたニーズが明確になってきます。

実践上の留意点と課題

この手法を実践する上では、いくつかの留意点があります。

これらの課題に対し、例えば「地域住民自身に観察者となってもらう」といった共創的なアプローチや、異なるバックグラウンドを持つチームメンバーでフィールドワークを行うといった方法が有効となり得ます。

まとめ

アート思考の「問いを立てる力」とデザイン思考の「深く観察する力」を組み合わせたフィールドワークは、地域課題の表面的な側面だけでなく、その奥にある人々の暮らしや感情、文化といった本質に触れるための強力な手段です。

この手法を通じて得られた深い洞察は、その後のプロジェクトの方向性を定め、地域住民にとって真に価値のある解決策を生み出すための確固たる基盤となります。ぜひ、あなたの地域課題解決プロジェクトの第一歩として、実践的なフィールドワークを取り入れてみてください。現場の「生きた情報」こそが、創造的な地域活性化の鍵を握っているのです。