アート思考・デザイン思考で捉える地域プロジェクトの無形な成果:初期目標設定と評価指標設計ガイド
はじめに
地域課題解決を目指すプロジェクトにおいて、アート思考やデザイン思考といった創造的なアプローチの活用が広まっています。これらの思考法は、従来の直線的な問題解決とは異なり、地域の潜在的な魅力や住民の内発的な動機に焦点を当て、共感や関係性の構築、意識や行動の変容といった「無形な成果」を生み出す力を持っています。
しかしながら、こうした無形な成果は定量的に測ることが難しく、「プロジェクトが何を目指し、何をもって成功とするのか」という初期の目標設定や、その後の効果測定、関係者への報告が課題となりがちです。特に、成果を明確に示せないことは、次への展開や新たな支援獲得の障壁となることも少なくありません。
本記事では、地域プロジェクトにおいてアート思考・デザイン思考を活用する際に、どのように無形な成果を捉え、プロジェクト開始段階で具体的な目標を設定し、それを評価するための実践的な指標を設計するかについて、ステップごとに解説します。
アート思考・デザイン思考が目指す「無形な成果」とは何か
地域課題解決におけるアート思考やデザイン思考の適用は、単にモノやサービスを生み出すだけでなく、人々の意識や行動、地域内の関係性、文化的な価値といった、目には見えにくい、しかし地域にとって非常に重要な変化をもたらします。
具体的には、以下のようなものが「無形な成果」として挙げられます。
- 関係性の構築・強化: 住民同士、外部者と住民、異なる世代間の信頼関係や連携の深化。
- 意識や行動の変容: 地域への愛着の向上、主体性の発揮、新しい視点や価値観の獲得、協力的態度の醸成。
- 創造性・多様性の向上: 地域の多様な視点が活かされる文化、新しいアイデアが生まれやすい雰囲気。
- 学び・気づき: プロジェクトプロセスを通じて参加者が得る内省や発見、スキルの習得。
- 場所への新たな意味づけ: 使われていなかった場所に人々の記憶や物語が宿り、コミュニティの核となる。
- ウェルビーイングの向上: 参加者の精神的な充実感、幸福感、生きがいの創出。
これらの成果は、売上増加や来場者数といった分かりやすい定量指標だけでは捉えきれません。そのため、プロジェクトの初期段階で、これらの無形な成果をどのように捉え、何を目指すのかを明確に定義することが極めて重要になります。
初期目標設定と評価指標設計のステップ
アート思考・デザイン思考を用いた地域プロジェクトにおいて、無形な成果を意識した初期目標設定と評価指標設計を行うためのステップを以下に示します。
ステップ1:プロジェクトの「問い」と真の目的を深く掘り下げる
アート思考は、「答え」を見つけることよりも「問い」を立てることを重視します。デザイン思考もまた、表層的な課題だけでなく、その背景にある人々のニーズや隠れた文脈(インサイト)を深く探求します。
プロジェクトの開始にあたり、まずは「このプロジェクトは何のために行うのか」「誰にとって、どのような状況をより良くしたいのか」といった根源的な問いを関係者間で共有し、議論を深めます。単に「空き家を利活用する」だけでなく、「空き家を通じて地域住民の孤立を防ぎ、多世代交流を生み出すには?」「地域の若い世代が故郷に誇りを持てるようにするには?」といった、感情や関係性に根差した問いを設定します。
この問いの探求を通じて、プロジェクトが真に生み出したい価値、すなわち目指すべき無形な成果の輪郭が見えてきます。
ステップ2:目指す変化と対象者を具体的に描写する
デザイン思考におけるペルソナやジャーニーマップの手法は、ここで非常に有効です。プロジェクトが働きかけたい特定の対象者(住民、特定の世代、地域で活動する人々など)を具体的に想定し、その人たちが現在どのような状況にあり、プロジェクトを通じてどのように意識や行動が変化することを期待するのかを詳細に描写します。
例えば、「地域活動に参加することに消極的だった高齢者が、プロジェクトを通じて新しい居場所を見つけ、積極的に地域に関わるようになる」といった具体的な変化のシナリオを描きます。このシナリオを描くプロセスで、目指すべき「無形な成果」がより明確になり、共有しやすくなります。
ステップ3:目指す「無形な成果」を言語化・可視化する
ステップ1と2で深掘りした「問い」と「目指す変化」に基づき、プロジェクトが達成したい無形な成果を具体的な言葉で表現します。抽象的な表現だけでなく、関係者が共通理解を持てるような、プロジェクトならではの言葉やイメージで言語化することが重要です。
例:「地域における『つながり』を育む」「新しい『挑戦』を後押しする風土を作る」「住民一人ひとりが『物語』の語り手となる」。
さらに、これらの成果を視覚的に表現することも有効です。例えば、プロジェクトが成功した未来の地域像を絵やコラージュで作成したり、変化のプロセスを簡単な図で示したりすることで、関係者間のイメージのずれを防ぎ、共感を呼びやすくなります。これは、アート思考の「表現」や「可視化」の側面を活かす方法です。
ステップ4:非定量的な成果を測るための「指標」を設計する
言語化・可視化した無形な成果が、プロジェクトの進行によってどの程度実現に向かっているのかを測るための指標(インディケーター)を設計します。これは必ずしも厳密な統計データを収集するということではなく、プロジェクトの特性やリソースに合わせて、様々な方法で変化の兆しや深まりを捉える工夫です。
考えられる非定量指標と、その測定方法の例:
- 関係性の変化:
- 測定方法:ワークショップでの参加者の対話の質・量、イベント後の交流の様子(観察)、参加者インタビューでの関係性に関する発言、アンケートでの地域への信頼感や参加意欲の変化。
- 意識・行動の変容:
- 測定方法:プロジェクト関連イベントへの参加リピート率、新しい活動への自発的な参加、アンケートでの価値観や認識の変化、プロジェクトに関する語りの内容(ストーリーテーリング)、特定のアクション(例:地域清掃への参加、新しいアイデアの発言)の頻度。
- 場所への意味づけ:
- 測定方法:場所を利用する人々の様子(観察)、場所に関するエピソードの収集、場所に対する感情的な評価(アンケート、インタビュー)。
これらの指標は、プロジェクト開始前に「どのような兆候が見られたら、目標とする変化が起きていると言えるか」という視点で具体的に洗い出し、リスト化します。例えば、「高齢者の○○さんから、プロジェクトの場所で新しい友人ができたという話を聞くことが増える」「ワークショップ中に、初対面の人同士が自然に助け合う場面が見られる」といった、具体的な行動や声に基づいた指標を設定すると、現場での観察がしやすくなります。
ステップ5:目標と指標を関係者と共有し、共通理解を醸成する
設定した目標と評価指標は、プロジェクトに関わる全ての関係者(住民、行政職員、NPOスタッフ、専門家など)と丁寧に共有し、共通理解を得ることが不可欠です。特に無形な成果を目標とする場合、関係者によって解釈が異なる可能性があるため、なぜこれらの目標が重要なのか、そしてこれらの指標で何を見ようとしているのかを、対話を通じて確認します。
このプロセス自体が、関係者のプロジェクトへの主体的な関与を促し、評価を「管理されるもの」ではなく「皆でプロジェクトの進捗を共有し、より良くしていくための機会」として捉えることにつながります。
実践における留意点と課題
- 完璧な指標は存在しない: 無形な成果を完全に、客観的に測定することは困難です。設定した指標はあくまで手がかりであり、そこから得られる質的な情報を丁寧に読み解く姿勢が重要です。
- 柔軟な見直し: プロジェクトは生き物です。初期に設定した目標や指標が現場の実態に合わない場合は、柔軟に見直しを行います。デザイン思考の「テスト&イテレーション」の考え方を取り入れ、小さな試行錯誤から学びを得ながら進めます。
- 評価疲れへの配慮: 複雑すぎる指標設定や過度なデータ収集は、関係者の負担となり、プロジェクトへのモチベーションを低下させる可能性があります。シンプルで、プロジェクトの日常的な活動の中で自然に情報が得られるような仕組みを検討します。
- 成果の「語り」の重要性: 収集した質的な情報や観察結果は、具体的なエピソードやストーリーとして編み直し、関係者に伝えることが重要です。数値だけでなく、変化の物語を共有することで、共感と理解を深めることができます。これはアート思考の「表現」の側面を最大限に活かす方法です。
まとめ
地域課題解決プロジェクトにおいて、アート思考・デザイン思考がもたらす無形な成果を捉え、それをプロジェクトの核として位置づけるためには、初期段階での丁寧な目標設定と、それを評価するための実践的な指標設計が不可欠です。
本記事で述べたステップは、以下の考え方に基づいています。
- プロジェクトの根源的な「問い」と真の目的を探求する(アート思考)。
- 目指す変化と対象者を具体的に描き出す(デザイン思考)。
- 目指すべき無形な成果を、関係者が共有できるよう言語化・可視化する。
- その成果がどのように現れるか、現場での兆候を捉えるための指標を具体的に設計する。
- 関係者と目標・指標を共有し、評価プロセスを共創の機会とする。
これらの取り組みは、プロジェクトの「見えにくい成果」に光を当て、関係者のモチベーション維持、新たな支援の獲得、そしてプロジェクトの持続的な発展に繋がる重要なプロセスです。ぜひ、皆さんの地域プロジェクトでも実践を検討してみてください。