既存の地域計画・事業にアート思考・デザイン思考を注入する実践ガイド:マンネリ打破と創造的再活性化
はじめに:動き出した地域計画・事業の「次」を考える
地域では、過去に策定された計画や長年続けられている事業が多く存在します。これらは地域の課題解決や活性化に貢献してきた一方で、時代の変化や住民ニーズの多様化に伴い、当初の目的が曖昧になったり、関係者の関心が薄れたりして、マンネリ化や形骸化に陥るという課題も抱えています。
新たな計画をゼロから始めるのではなく、既存の取り組みをいかにして現代の文脈に合わせ、関係者の熱意を再び呼び起こし、創造的に再活性化していくか。これは、地域の実践に携わる多くの方々が直面する重要な問いです。
本稿では、こうした既存の地域計画や事業に対し、アート思考とデザイン思考の視点を取り入れることで、どのように課題を乗り越え、創造的な再活性化を実現できるのか、その実践的なアプローチについて解説します。
アート思考とデザイン思考がもたらす「新しい視点」
既存の枠組みの中で思考を巡らせることは重要ですが、時にその枠自体が新しい可能性を阻んでしまうことがあります。ここで、アート思考とデザイン思考の視点が有効に働きます。
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アート思考:本質的な問い直し アート思考は、「なぜこれをするのか」「本当に大切なものは何か」といった本質的な問いを立てることを重視します。既存の計画や事業の「当たり前」を疑い、その根底にある価値や目的を深く掘り下げることで、新たな意味や可能性を見出すきっかけとなります。形式化してしまった目的を再定義し、関係者にとっての「自分ごと」として捉え直すことを促します。
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デザイン思考:人間中心のアプローチと創造的なプロセス デザイン思考は、実際にその計画や事業に関わる人々(住民、利用者、行政職員、NPOスタッフなど)を深く理解すること(共感)から始めます。彼らの隠れたニーズ、不満、あるいは喜びの源泉を探ることで、表面的な課題だけでなく、より深いレベルでの問題意識を共有できます。そして、「共感」に基づいた課題定義、多様なアイデア創出、小さく試すプロトタイピング、そして検証・改善という反復的なプロセスを通じて、具体的な解決策を形にしていきます。
既存の計画や事業にこれら二つの思考法を「注入」することで、過去の経緯や慣習にとらわれすぎず、未来志向で、かつ関係者のリアルな声に基づいた創造的な再活性化が可能になります。
実践ステップ:既存事業にアート・デザイン思考を取り入れる方法
ここでは、既存の地域計画や事業にアート思考・デザイン思考を適用するための具体的なステップをご紹介します。必ずしも全てのステップを順番通りに踏む必要はありませんが、全体像を把握する上で有効なフレームワークとなります。
ステップ1:既存の計画・事業に対する「問い直し」と現状の評価
まず、対象となる計画や事業について、アート思考の視点から本質的な問いを立てます。 * 「この計画・事業は、そもそも何のために始まったのか?」 * 「当初目指していた理想の地域像は実現できているか?」 * 「今のやり方は、本当に目的に対して最も有効な方法か?」 * 「関係者(特に住民や利用者)にとって、この事業はどんな意味を持っているのか?」
同時に、事業が現在どのように運営され、どんな成果(あるいは課題)が生じているのか、客観的なデータや関係者へのヒアリングを通じて評価します。この段階で、過去の経緯や「こうあるべき」という思い込みから一旦距離を置くことが重要です。
ステップ2:関係者の「共感」と隠れたニーズの発見
デザイン思考の「共感」フェーズを深く実施します。計画や事業に関わる多様なステークホルダー(住民、参加者、運営者、行政担当者、地域事業者など)に、観察、インタビュー、ジャーニーマップ作成などを通じて寄り添います。 * 事業の利用者や参加者は、何に満足し、何に不満を感じているのか? * 運営側は、どんな苦労ややりがいを感じているのか? * 事業が触れていないが、潜在的に求められているニーズは何があるか? * 事業のプロセスで、人々はどんな感情を抱いているのか?
表面的な意見交換にとどまらず、彼らの日常や感情に焦点を当てることで、計画書からは見えてこない「生きた情報」や隠れたニーズ、非言語的な課題を発見します。
ステップ3:課題の「再定義」と新しい「問い」の設定
ステップ1の問い直しとステップ2の共感を通じて得られた情報をもとに、現状の課題をアート思考・デザイン思考の視点から再定義します。これは単に問題をリストアップするのではなく、「〇〇な人々のために、△△という状況を、□□することでどのように改善できるか?」といった形で、解決すべき「問い」として設定し直す作業です。 例:「参加者がマンネリを感じているイベント」という課題に対し、「地域住民がイベントを通じて、互いの知的好奇心を刺激し、新たなコミュニティを築くためには、どのような場と体験を提供できるか?」のように、目的と可能性に焦点を当てた問いに変換します。
ステップ4:創造的な「アイデア」創出
再定義された問いに対し、既成概念にとらわれない多様なアイデアを創出します。アート思考的な自由な発想と、デザイン思考のブレインストーミングやアイデアソンといった手法を組み合わせます。 * 既存の事業内容から一旦離れ、「もし予算や制約が一切なかったら?」と考える。 * 他の地域や分野での成功事例、あるいは全く関係ない分野のアイデアを参考にできないか? * 参加者自身が事業を「作る側」に回るには? * デジタル技術や新しいツールをどう活用できるか? * 最も非現実的に思えるアイデアの中に、面白いヒントはないか?
質より量を重視し、多様な視点からアイデアを出し尽くします。
ステップ5:小さく「プロトタイプ」を試す
全てのアイデアを実行に移すのではなく、実現可能性やインパクト、コストなどを考慮しながら、最も有望なアイデアや、試す価値のあるアイデアをいくつか選び、小さく具体化して試します。これがデザイン思考の「プロトタイプ」の段階です。 * 大規模な事業変更の前に、一部の参加者を対象にした限定的なワークショップを実施する。 * 新しい情報発信ツールを試験的に導入してみる。 * イベントの中で、新しい試みを盛り込んだミニ企画を実施する。 * 新しい参加者層向けの小規模なプレイベントを開催する。
重要なのは、完璧を目指すのではなく、素早く形にして関係者に見てもらい、フィードバックを得ることです。パワーポイント資料、簡単な模型、寸劇、ウェブサイトのモックアップなど、様々な形でプロトタイプは作成可能です。
ステップ6:「テスト」と改善の繰り返し
作成したプロトタイプを実際の関係者(対象者、運営者など)に体験してもらい、率直なフィードバックを収集します。これがデザイン思考の「テスト」の段階です。 * 参加者の反応を直接観察する。 * 試用してもらったツールやサービスについて、使い勝手や感想を尋ねる。 * アンケートやグループインタビューを実施する。
得られたフィードバックをもとに、アイデアやプロトタイプを改善します。必要であれば、ステップ2や3に戻り、共感を深めたり課題を再定義したりすることもあります。この「プロトタイプ」と「テスト」、そして「改善」のサイクルを繰り返すことで、より洗練された、現場に即した解決策へと磨き上げていきます。
ステップ7:導入と展開、そして継続的な問い直し
小さなスケールでのテストで手応えを得たら、改善したアイデアを既存の計画や事業に本格的に導入することを検討します。関係者間の合意形成を図り、必要なリソース(予算、人員、時間)を確保し、計画的に展開します。
しかし、これで終わりではありません。社会や人々のニーズは常に変化します。導入後も定期的にステップ1や2に戻り、本質的な問いを立て直し、関係者の声に耳を傾け、継続的な改善や再活性化を図ることが、計画や事業の持続可能性を高める上で不可欠です。
既存事業へのアート・デザイン思考導入における留意点と課題
既存の計画や事業に新しい思考法を取り入れる際には、いくつかの固有の課題や留意点があります。
- 既存組織・文化の抵抗: 長年のやり方を変えることへの抵抗感は少なくありません。「前例がない」「面倒が増える」といった反応に対し、なぜ変化が必要なのか、アート思考・デザイン思考がもたらすメリットは何かを丁寧に説明し、関係者の理解と協力を得る努力が必要です。小さく成功事例を作ることから始めるのが有効です。
- 予算・人員の制約: 新しい取り組みにはリソースが必要ですが、既存事業の枠組みでは柔軟な対応が難しい場合があります。ステップ5で述べたような「小規模なプロトタイプ」は、限られたリソースで試行錯誤を進める上で非常に有効です。また、外部資金の活用やボランティアの巻き込みなども検討できます。
- 「成果」の見せ方: 既存事業は、参加人数や実施回数など、定量的な成果が重視されがちです。しかし、アート思考・デザイン思考による改善では、関係性の質の向上、参加者のモチベーション変化、新しいコミュニティの形成といった、目に見えにくい「無形の成果」が大きい場合があります。これらの無形の成果を、ストーリーやエピソード、写真、参加者の声などを活用して丁寧に可視化し、関係者に伝える工夫が必要です。
- 関係者の巻き込みと合意形成: 特に多くの関係者がいる既存事業では、全員の意見を聞き、合意形成を図るプロセスが不可欠です。デザイン思考の共感やアイデア創出のワークショップに多様な立場の関係者を巻き込むこと、プロトタイプへのフィードバックを広く募ることなどが、納得感を醸成する上で重要です。ファシリテーションのスキルも求められます。
まとめ:継続的な創造性で地域を活性化する
既存の地域計画や事業は、地域の歴史や文化が詰まった大切な資産です。これらを単に惰性で続けるのではなく、アート思考とデザイン思考という二つの思考ツールを活用して、その本質的な価値を問い直し、関係者と共に現代のニーズに合わせた形で創造的に再構築していくことは、持続可能な地域活性化において非常に重要です。
「問い直し」「共感」「アイデア創出」「プロトタイピング」「テスト」というプロセスを繰り返し行うことで、マンネリを打破し、関係者の主体性を引き出し、計画や事業に新しい命を吹き込むことができるでしょう。完璧を目指すのではなく、まずは小さな一歩から、あなたの関わる地域の計画・事業にアート思考とデザイン思考の視点を注入してみてはいかがでしょうか。継続的な問いと創造的な試行錯誤が、地域に新たな価値と活力を生み出すはずです。