クリエイティブ地域活性

地理的制約を超えて:アート思考・デザイン思考によるオンライン地域共創の実践ガイド

Tags: アート思考, デザイン思考, 地域共創, オンライン, デジタルツール

はじめに:地域共創の新たな舞台としてのオンライン環境

地域課題解決に向けたアート思考やデザイン思考の実践において、多様な関係者の「共創」は不可欠な要素です。しかし、地理的な距離、参加者のスケジュール調整の難しさ、移動コストなど、地域ならではの物理的な制約が共創の機会を限定することも少なくありません。このような背景から、近年、オンライン環境を活用した地域共創の実践に注目が集まっています。

オンラインツールやプラットフォームの進化により、時間や場所の制約を超えた対話やワークショップが可能になりつつあります。本記事では、アート思考とデザイン思考のフレームワークをオンライン環境でどのように活用し、地域における創造的かつ実践的な共創を実現できるのか、その可能性と具体的な手法について解説いたします。

オンライン実践がもたらす可能性と直面する課題

オンライン環境での地域共創実践は、以下のような新たな可能性を開きます。

一方で、オンラインでの実践には特有の課題も存在します。

これらの課題を理解した上で、アート思考およびデザイン思考のプロセスをオンライン環境に適合させるための具体的なアプローチを検討することが重要です。

オンライン環境におけるアート思考の実践

アート思考は、既成概念にとらわれず、自身の内面や感覚と向き合い、「なぜそうなるのか」「本当にこれでよいのか」といった「問い」を立てることから始まります。このプロセスをオンラインで実践するためには、以下のような工夫が考えられます。

オンライン環境では、非言語情報が限られるため、参加者が安心して自分の感覚や思考を開示できるような、心理的安全性の高い場づくりが特に重要になります。ファシリテーターは、意図的に発言の機会を均等に提供したり、否定的な意見を丁寧に受け止めたりする配慮が求められます。

オンライン環境におけるデザイン思考の実践

デザイン思考は、「共感」「問題定義」「アイデア創出」「プロトタイピング」「テスト」という5つのフェーズを循環的に行うことで、人間中心の解決策を生み出す手法です。それぞれのフェーズをオンラインで実践するための具体的なステップを見ていきましょう。

  1. 共感 (Empathize) フェーズ:
    • オンラインインタビュー: ビデオ会議ツールを用いて、対象となる地域住民や関係者へのインタビューを行います。画面越しの対話になりますが、事前に質問リストを共有したり、話しやすい雰囲気を作ったりすることで、深い話を聞き出すことが可能です。
    • オンライン観察: 可能な範囲で、対象者の日常のオンラインでの行動(SNS投稿、オンラインコミュニティでの発言など、公開情報に限る)を観察したり、共有された写真や動画から状況を読み取ったりします。
    • 情報整理とインサイト発見: インタビューや観察で得られた情報は、オンラインホワイトボードや共同編集可能なドキュメントに集約します。参加者各自が気づきや共感したポイントを付箋やコメントで書き込み、情報間の関連付けを行いながら、潜在的なニーズや課題(インサイト)を発見していきます。
  2. 問題定義 (Define) フェーズ:
    • 共感フェーズで見出したインサイトや課題を、オンラインホワイトボード上で集約・分類します。
    • 「〇〇(対象者)は△△(状況)なので、□□(ニーズ)する必要がある」といった「Point Of View (POV)」ステートメントを共同で作成し、解決すべき具体的な課題を明確に定義します。オンラインでの共同編集機能が有効です。
  3. アイデア創出 (Ideate) フェーズ:
    • オンラインブレインストーミングツールやオンラインホワイトボードを活用し、「POV」に対する解決策のアイデアを量産します。各自が付箋をオンライン上に貼り付け、アイデアを共有・発展させます。テキストだけでなく、簡単なスケッチやイメージ画像を貼り付けることも推奨します。
    • ブレイクアウトルームを使って少人数で集中的にアイデアを出し合った後、全体で共有するといった進め方も効果的です。
  4. プロトタイピング (Prototype) フェーズ:
    • オンライン上でアイデアを具体化するための簡易的なプロトタイプを作成します。例えば、
      • ウェブサイトやアプリの画面遷移図(描画ツール、プロトタイピングツール、あるいはオンラインホワイトボードで作成)
      • サービスの利用シナリオを説明するストーリーボード(オンラインホワイトボード、共同編集プレゼンツールで作成)
      • フライヤーや告知文案のモックアップ(共同編集ドキュメント、デザインツールで作成)
      • コンセプトを説明する短い動画やプレゼンテーション
    • 物理的なものを作る場合は、各自が手元で作成し、カメラ越しに見せたり、写真を共有したりします。
  5. テスト (Test) フェーズ:
    • 作成したプロトタイプを、ビデオ会議ツールを通じて対象者(地域住民など)に見てもらい、フィードバックを収集します。
    • プロトタイプを操作してもらう必要がある場合は、画面共有機能や、共同編集可能なオンラインツール(例: Google Docsでシナリオを追体験、簡単なクリックテストができるツール)を工夫して使用します。
    • 得られたフィードバックは、オンライン上の共有スペースに集約し、次の改善に向けた示唆として活用します。

オンラインでのデザイン思考実践では、各フェーズの目的を明確にし、それに適したオンラインツールを効果的に組み合わせることが鍵となります。

具体的なオンラインツールとその活用例

地域課題解決のためのアート思考・デザイン思考オンライン実践で役立つ代表的なツールと活用例です。

これらのツールは単独で使用するのではなく、目的に応じて組み合わせて活用することで、オンライン環境でも創造的で効率的な共創プロセスを設計することが可能です。多くのツールには無料プランが用意されており、小規模・低予算のプロジェクトでも導入しやすい場合があります。

オンライン実践を成功させるためのポイント

オンラインでのアート思考・デザイン思考実践を実りあるものにするためには、いくつかの重要なポイントがあります。

実践事例(抽象的)

例えば、ある地域で少子高齢化による担い手不足という課題に対し、アート思考・デザイン思考を用いてオンラインで解決策を検討するプロジェクトを考えます。

  1. 共感/問い: 若者・高齢者・子育て世代など、地域の様々な立場の人々へのオンラインインタビューを実施。「この地域で暮らし続ける上で感じる豊かさや不安」「将来の地域に期待すること」といった問いを投げかけ、各自の経験や感情、価値観を共有してもらいます。得られた情報と、行政が持つ人口動態や地域資源に関するデータをオンラインホワイトボードに集約し、「この地域で、多様な世代が共に安心して暮らすためには?」といった問いや、そこから見えてきた潜在的な課題(例: 「地域の活動情報が特定の層にしか届かない」「世代間の交流機会が限定的」)を定義します。
  2. アイデア創出: 定義された課題に対し、「どのようにすれば、より多様な住民が地域の活動に参加したくなるか?」「世代を超えた自然な交流を生み出すには?」といった問いからアイデア発想ワークをオンラインホワイトボードで実施。各自が思いついたアイデア(オンライン交流プラットフォーム、世代間交流イベント、地域スキルシェアなど)を付箋形式で貼り付け、アイデアを組み合わせて発展させます。
  3. プロトタイピング/テスト: 出されたアイデアの中から有望なものをいくつか選び、簡易的なオンラインプロトタイプを作成します。例えば、「オンライン交流プラットフォーム」なら画面イメージと主な機能リスト、「世代間交流イベント」ならオンライン告知ページのモックアップや開催シナリオ。これらを少数のターゲット住民に見てもらい、ビデオ会議を通じてフィードバックを収集。「もっとシンプルな操作が良い」「イベントの内容が自分事として感じられない」といった具体的な意見を得て、アイデアを改善していきます。

このように、オンライン環境を活用することで、これまで参加が難しかった層を巻き込み、多様な視点を取り入れながら、地域課題に対する創造的で実践的なアプローチを進めることが可能になります。

まとめ:オンライン実践が拓く地域共創の未来

アート思考とデザイン思考をオンライン環境で実践することは、地域課題解決における共創の可能性を大きく広げるものです。地理的・時間的制約を超え、これまでリーチできなかった多様な人々との対話や協働を実現し、より包摂的で創造的なプロセスを設計することができます。

もちろん、オンラインならではの課題も存在しますが、適切なツール選定、丁寧なファシリテーション、そして参加者への配慮を通じて、これらの課題を乗り越えることは十分に可能です。オンラインでの実践は、対面での活動を完全に置き換えるものではなく、むしろ、対面とオンラインそれぞれの利点を組み合わせたハイブリッドなアプローチが、今後の地域共創の主流となる可能性も考えられます。

地域における創造的な実践を目指す専門家、自治体職員、NPO職員、地域活動家の皆様にとって、オンライン環境をアート思考・デザイン思考の実践の場として積極的に活用することは、新たな視点や解決策を発見し、地域にポジティブな変化をもたらすための一助となるでしょう。本記事が、皆様のオンラインでの地域共創実践に向けた一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。