アート思考・デザイン思考で「諦められがちな地域課題」に挑む:困難な状況を突破する視点と手法
はじめに
地域活性化に取り組む中で、私たちはしばしば「諦められがちな課題」に直面します。それは、長年の構造的な問題であったり、関係者の無関心や対立、あるいは資金や人材の不足といった現実的な壁であったりします。一見すると解決不可能に思えるこれらの課題に対して、どのようにアプローチすれば良いのでしょうか。
本稿では、アート思考とデザイン思考という二つの創造的な思考法が、こうした「諦められがちな地域課題」に対して、どのような視点と実践的な手法を提供し、突破口を開く可能性を秘めているのかを探ります。これらの思考法は、単なる美的な創作や商品開発の手法に留まらず、複雑な社会課題に対する新しいアプローチとして注目されています。
なぜ「諦められがちな課題」が生まれるのか?
地域における「諦められがちな課題」は、単一の原因でなく、複数の要因が絡み合って生じることが多いものです。
- 課題の複雑性: 問題の原因が多岐にわたり、容易に特定できない。
- ステークホルダーの多さと利害の衝突: 多くの関係者が存在し、それぞれの立場や関心が異なるため、合意形成が困難。
- 成果の見えにくさ: 取り組みの成果が短期間で現れにくく、継続的なモチベーション維持が難しい。
- 地域住民の無関心や諦め: 過去の失敗経験などから、新しい取り組みへの関心や期待が薄れている。
- 資源(資金、人材、時間)の制約: 課題の規模に対して、利用可能な資源が圧倒的に不足している。
これらの要因が複合的に作用することで、課題は手に負えないものとなり、「仕方がない」「どうせ無理だ」といった諦めの雰囲気が地域に漂ってしまうのです。
アート思考で「諦め」の壁を超える
アート思考は、既存の価値観や常識を問い直し、新たな視点や独自の解釈を生み出すことに重きを置く思考法です。この思考法は、「諦められがちな課題」に新たな光を当てる力があります。
1. 現状への「問い」を立てる力
アート思考の出発点は、「なぜそうなのか?」「本当にそうなのか?」といった根源的な問いを立てることにあります。例えば、「なぜ若者は地域に戻ってこないのか?」という問いに対し、「仕事がないから」「魅力がないから」といった一般的な答えに留まらず、「彼らにとって『地域』とは何か?」「『戻ってくる』ことの本当の意味は?」「地域に『ない』のではなく、『気づかれていない』魅力があるのでは?」など、多角的な視点から問いを深めていきます。この問い直しそのものが、課題に対する固定観念を打ち破る第一歩となります。
2. 「違和感」や「ノイズ」に価値を見出す視点
多くの人が問題として捉えがちな「違和感」や「ノイズ」の中に、アート思考は独自の価値や可能性を見出そうとします。例えば、地域住民の「無関心」という現象を、単なる消極性としてではなく、「関心を持つきっかけがないだけでは?」「既存の枠組みに関心がないのでは?」と捉え直し、その「無関心」そのものをテーマにした表現活動や対話の場を企画するなど、ネガティブに見える状況を創造的な視点から再解釈します。
3. 内発的な動機付けの探求
アート思考は、「何のためにやるのか」という本質的な問いを重視します。地域課題解決において、外部からの評価や助成金といった外発的な動機だけでなく、自分自身の内から湧き上がる興味や探求心、あるいは社会に対する個人的な「違和感」や「問題意識」を起点とします。この内発的な動機は、困難な状況に直面しても諦めずに、粘り強く取り組むための強い原動力となります。
デザイン思考で「突破」への道筋を描く
デザイン思考は、ユーザー(この場合は地域住民や関係者)中心の視点から課題を定義し、多様なアイデアを発想し、プロトタイピングとテストを繰り返しながら最適な解決策を探求する実践的なアプローチです。アート思考が課題への「問い」や新しい視点を提供するとすれば、デザイン思考は、そこから具体的な「行動」を生み出し、小さな成功を積み重ねるための強力なツールとなります。
デザイン思考の主要ステップ
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共感(Empathize): 課題に関わる人々の視点に立ち、彼らの感情、ニーズ、抱える課題を深く理解することに努めます。特に「諦められがちな課題」における住民の無関心や消極性は、表面的な態度として捉えられがちですが、共感のプロセスを通じて、その背後にある不安、不満、諦めの理由などを丁寧に探ります。インタビューや観察、エスノグラフィー的手法が有効です。「なぜ彼らはそう感じるのか?」という問いは、アート思考の問いと連動し、より深い理解へと導きます。
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定義(Define): 共感のステップで得られた洞察をもとに、解決すべき本当の課題を明確に定義します。「私たちはどのようにすれば、〇〇(住民の抱える課題やニーズ)を満たすことができるだろうか?」といった「How Might We (HMW)」クエスチョンとして定義することで、解決策を考える上での焦点を定めます。諦められがちな課題の場合、表面的な問題解決ではなく、その根底にある構造や人々の意識に焦点を当てた定義が重要になります。
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アイデア創出(Ideate): 定義された課題に対して、既成概念にとらわれない、できるだけ多くのアイデアを考え出します。ブレインストーミングやラフなスケッチなど、多様な手法を用いて発想を広げます。ここでは、非現実的に見えるアイデアも排除せず、むしろ歓迎します。アート思考で得られた「違和感からの視点」や「問い」が、ユニークで画期的なアイデアを生み出す触媒となることがあります。
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プロトタイプ作成(Prototype): アイデアを具体的な形にしてみます。これは必ずしも完成品である必要はなく、アイデアの核となる部分を素早く、低コストで形にしたものです。サービスであれば模擬体験、場所であれば模型やラフなデザイン、コミュニケーション手法であれば簡単なツールやスクリプトなど、様々な形があり得ます。複雑で大きな課題でも、このステップを通じて「小さく始める」ことが可能になります。例えば、広場のにぎわい創出が課題なら、いきなり大掛かりなイベントではなく、ベンチを一つ置いてみる、小さな花壇を作ってみるなど、低コストで試せるプロトタイプを考えます。
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テスト(Test): 作成したプロトタイプを実際のユーザーに使ってもらい、フィードバックを得ます。このステップは、単にプロトタイプの良し悪しを評価するだけでなく、ユーザーの反応を通じて、最初の「共感」で得た理解や「定義」の適切さを再確認する機会でもあります。失敗から学び、アイデアやプロトタイプを改善し、必要であれば課題の定義そのものを見直すこともあります。この反復的なプロセスが、複雑な課題に対して、試行錯誤しながら着実に前進するための力となります。
アート思考とデザイン思考の連携による突破力
「諦められがちな課題」に対するアプローチにおいて、アート思考とデザイン思考は互いを補完し合う強力な組み合わせとなります。
アート思考は、課題に対する既存の枠組みを揺るがし、新たな視点や本質的な問いを投げかけます。これにより、デザイン思考の出発点である「共感」や「定義」の質が高まり、より深いレベルでの課題理解や、これまで見過ごされていた視点からの課題設定が可能になります。
一方、デザイン思考は、アート思考で生まれた問いやアイデアを、具体的で実践的な解決策へと落とし込み、実行可能なステップへと分解します。プロトタイピングとテストの反復は、不確実性の高い困難な課題に対して、リスクを抑えながら少しずつ前進するための道筋を提供します。アート思考で得た「問い」は、デザイン思考の各ステップで「なぜそうするのか?」「これで本当に良いのか?」という内省を促し、プロセスの質を高めます。
実践事例の視点:小さな突破口を開くために
具体的な地域課題に対して、この二つの思考法がどのように適用され得るか考えてみましょう。
例えば、「地域活動への若者の参加が極めて低い」という、多くの地域で諦められがちな課題があるとします。
- アート思考のアプローチ: 「なぜ若者は地域活動に参加しないのか?」という問いから、「そもそも『地域活動』とは若者にとってどんな意味を持つのか?」「若者の時間や関心はどこに向かっているのか?」「地域活動の『参加』という形自体が彼らに合わないのではないか?」といった問いを深めます。地域活動に参加しない若者の「違和感」や「冷めた視線」に寄り添い、その背後にある感情や価値観を探ろうとします。彼らの興味関心(音楽、ファッション、ゲーム、特定の社会問題など)を、既存の地域活動の枠を超えたアート的な表現やプロジェクトとして捉え直す視点を持つかもしれません。
- デザイン思考のアプローチ: 若者(ターゲットユーザー)に「共感」するためのリサーチを行います。彼らが普段何に時間を使っているのか、地域についてどう感じているのか、どんなコミュニティに属しているのかなどを、インタビューや彼らの活動現場への参加を通じて深く理解します。得られた洞察から、「どうすれば、若者が自分の興味を地域と結びつけられる機会を提供できるか?」といった課題を定義します。次に、その課題に対するアイデアとして、「地域の歴史をテーマにしたオンラインゲーム」「放置された公共空間を使ったストリートアートプロジェクト」「地域課題を題材にした短編映画制作ワークショップ」などを発想します。これらのアイデアを、まずは少数の若者と協力してラフな形で「プロトタイプ」として実行してみます(例:短いゲームのデモ版、ラフな壁画の下絵、ワークショップのプレ開催)。プロトタイプへの反応や、そこから得られる学びを基に、アイデアやアプローチを改善していく「テスト」と反復を行います。
この連携によって、単に既存の地域活動に若者を「参加させよう」とするのではなく、「若者の関心」というアート思考的な問いから出発し、彼らの視点に立ったデザイン思考的なアプローチで、若者にとって新しい、魅力的な地域との関わり方を具体的に生み出すことができるのです。
実践上の課題と対処法
アート思考とデザイン思考を地域の「諦められがちな課題」に適用する上で、いくつかの課題が考えられます。
- 地域住民の無関心・抵抗: 深い共感や対話が鍵となります。デザイン思考の共感フェーズを丁寧に行い、彼らの「なぜ」を理解しようと努めます。また、アート思考的なアプローチで、堅苦しい「課題解決」の枠を超えた、人々の感情や感覚に訴えかけるようなワークショップや表現活動を取り入れることで、関心の糸口を見つけることができる場合があります。結果を急がず、関係性の構築に時間をかける覚悟が必要です。
- 成果の見えにくさ: 特にアート思考的なアプローチは、数値化しにくい無形な成果(意識の変化、関係性の構築、新しい気づきなど)を生み出します。デザイン思考のテスト段階で得られる参加者の声や行動の変化、プロセスの写真や動画記録、関係者の定性的なフィードバックなどを丁寧に収集・分析し、単なる定量目標達成だけでなく、プロセスの中で生まれた価値や変化を可視化し、伝える工夫が必要です。
- 資金・体制の制約: 大規模なプロジェクトでなくとも、デザイン思考のプロトタイピングは低コストで実施可能です。地域にある既存のリソース(人、場所、モノ、スキル)を創造的に活用するアート思考的な発想が役立ちます。「ないものねだり」ではなく、「あるもの」をどう組み合わせ、新しい価値を生み出すかに焦点を当てます。また、少人数で始められる小さなプロトタイプから着実に実績を積み重ねることで、少しずつ協力者や資金を募る道が開けることもあります。
まとめ
地域には、長年解決されずに残り、関係者が「もう無理かもしれない」と諦めかけているような難しい課題が存在します。しかし、こうした課題も、アート思考とデザイン思考という二つの創造的なレンズを通して見つめ直すことで、全く新しい側面が見えてきたり、これまで考えつかなかったような突破口が開けたりする可能性があります。
アート思考は、現状への鋭い問いを投げかけ、当たり前を疑い、ネガティブに見える状況の中にも可能性を見出す視点を提供します。デザイン思考は、ユーザー中心の深い共感から出発し、アイデアを具体的なプロトタイプとして形にし、テストと反復を通じて着実に解決策へと近づく実践的なフレームワークを提供します。
この二つを連携させることで、私たちは「諦められがちな地域課題」に対し、問いを深め、共感し、柔軟にアイデアを生み出し、リスクを抑えながら小さく試行錯誤を重ねる力を得ることができます。一見不可能に見える状況でも、視点を変え、行動を変えることで、必ず道は開けるはずです。地域の実践者の皆様が、これらの思考法を手に、困難な課題に果敢に挑み、新しい未来を切り拓かれることを願っております。