クリエイティブ地域活性

地域共創のためのアート思考・デザイン思考:異なる視点を活かす対話と合意形成

Tags: 地域活性, アート思考, デザイン思考, ステークホルダー, 合意形成

地域課題解決における多様なステークホルダーとの協働の重要性

地域課題の解決は、単一の組織や個人だけでは困難な場合が多く、行政、NPO、企業、住民、教育機関など、多様な立場や価値観を持つステークホルダーとの協働が不可欠です。しかし、それぞれのステークホルダーは異なる視点、目的、専門用語、時間軸を持っているため、共通理解の形成や円滑な合意形成に至ることが容易ではありません。意見の対立やコミュニケーションの断絶が生じることも少なくなく、プロジェクトの進行を妨げる大きな要因となり得ます。

このような複雑な状況において、アート思考とデザイン思考が、異なる視点をつなぎ、対話を促進し、新たな合意点を見出すための有効なアプローチとなり得ます。これらの思考法が、どのように多様なステークホルダー間の「橋渡し」として機能するのか、その可能性と実践方法を探ります。

アート思考とデザイン思考がもたらす「対話と合意形成」への貢献

アート思考は、既存の枠組みや常識にとらわれず、本質的な問いを立て、多様な解釈や価値観を受け入れることを重視します。「自分は何を表現したいのか」「なぜそれが必要なのか」といった内省的な問いから始まり、他者との違いを面白がり、受け入れる姿勢を育みます。地域課題においては、「この地域にとって真に大切なことは何か」「理想の未来はどのようなものか」といった、多様な関係者が共有する根源的な価値や想いを引き出すことに役立ちます。

一方、デザイン思考は、人間中心のアプローチで課題を定義し、共感に基づいたアイデア創出、プロトタイピングによる試行錯誤を通じて、具体的な解決策を生み出すプロセスです。異なる立場の人々のニーズや課題を深く理解(共感)し、具体的な形にすることで、抽象的な議論ではなく、触れたり試したりできるものを介した対話を促します。これにより、それぞれの意見の違いを具体的なアウトプットに対するフィードバックとして扱い、建設的な議論を通じて解決策を iteratively(反復的に)改善していくことが可能になります。

実践ステップ:アート思考・デザイン思考を用いたステークホルダー対話と合意形成

多様なステークホルダーとの対話と合意形成を進めるために、アート思考とデザイン思考を組み合わせた実践的なステップを以下に示します。

ステップ1:ステークホルダーの特定と「視点の理解」

まず、プロジェクトに関わる、あるいは影響を受ける全てのステークホルダーを特定します。次に、それぞれのステークホルダーがどのような背景を持ち、地域や課題に対してどのような「視点」や「想い」、そして「懸念」を抱いているのかを深く理解することに努めます。この段階では、アート思考的な「なぜ?」「本当に?」といった問いかけや、デザイン思考の「共感(Empathize)」のプロセスが有効です。インタビュー、観察、既存資料の収集などを通じて、表面的な意見だけでなく、その根底にある価値観や感情に寄り添います。

ステップ2:共通課題の「問い直し」と「再定義」

特定したステークホルダーそれぞれの視点を持ち寄り、現在取り組もうとしている地域課題が、それぞれの立場からどのように見えているのかを共有します。ここでは、アート思考が促す多角的な視点からの「問い直し」が重要です。例えば、「高齢者の孤立」という課題に対し、「なぜ孤立してしまうのか?」だけでなく、「地域における『つながり』とは何か?」「理想の『地域での生きがい』とはどのような状態か?」など、より本質的で、多様な関係者が共感できるような問いを立て直します。デザイン思考の「定義(Define)」フェーズとして、これらの問いを通じて、共通の課題を改めて言語化し、プロジェクトの焦点(PoV: Point of View)を明確にします。

ステップ3:対話と共創のための「場のデザイン」とファシリテーション

異なる視点を持つステークホルダーが安心して意見を出し合い、互いを理解し合うための対話の場をデザインします。ワークショップ形式が一般的ですが、重要なのは、単なる情報共有や意見交換の場ではなく、参加者同士が新しい関係性を築き、共に未来を創造していく「共創の場」と位置づけることです。アイスブレイク、視覚的なツール(模造紙、付箋、図や絵など)、アート的な表現手法を取り入れることで、論理的な議論だけでなく、感覚や感情を共有するチャネルを開きます。デザイン思考のアイデア発想(Ideate)フェーズを意識し、自由で多様なアイデアが歓迎される雰囲気作りも重要です。ファシリテーターは、中立的な立場で、多様な意見を引き出し、対話の流れを調整し、参加者間の理解を促進する役割を担います。

ステップ4:プロトタイピングを通じた「合意形成に向けた試行錯誤」

対話を通じて生まれたアイデアや方向性を、具体的な「プロトタイプ」として形にしてみます。これは、完成されたものである必要はなく、模型、イラスト、簡単なサービス設計図、寸劇など、多様な形態が考えられます。重要なのは、抽象的な議論から離れ、具体的な「モノ」や「コト」を介して、関係者全員が「体験」しながら話し合えるようにすることです。デザイン思考のプロトタイプ(Prototype)とテスト(Test)のプロセスを活用し、プロトタイプに対する率直なフィードバックを収集し、改善を繰り返します。このプロセスを通じて、異なる意見の対立が、「より良いものを作るための改善提案」へと質的に変化し、具体的な形を見ながら合意形成を進めることが可能になります。

ステップ5:「未来の共創」と定着化へのプロセスデザイン

プロトタイピングを通じて得られた知見や合意事項をまとめ、プロジェクトの具体的な実行計画へと落とし込みます。この際、アート思考的な視点から、「このプロジェクトを通じて、地域にどのような新しい価値や文化を創造したいのか」といった、より高次の目的やビジョンを関係者間で共有し続けることが、長期的なモチベーション維持や自走化につながります。合意した内容を実行に移し、定期的にその進捗や成果を関係者間で共有し、必要に応じて計画を見直すプロセスをデザインします。成功事例だけでなく、生じた課題や失敗からも学び、次に活かす文化を育むことも重要です。

留意点と課題

アート思考とデザイン思考を用いたステークホルダーとの対話・合意形成は強力なアプローチですが、いくつかの留意点があります。第一に、プロセスには時間と労力がかかります。多様な意見を丁寧に聞き、共通理解を築くためには、根気強い対話が必要です。第二に、全てのステークホルダーがこれらの思考法やワークショップ形式に馴染みがあるとは限りません。参加者への丁寧な説明と、誰もが参加しやすい雰囲気作りが重要です。第三に、行政の意思決定プロセスや予算配分など、思考プロセスだけでは解決できない構造的な課題も存在します。これらの現実的な制約を理解しつつ、どこまで創造的なアプローチで乗り越えられるかを見極める必要があります。

まとめ

地域課題解決における多様なステークホルダー間の連携は複雑ですが、アート思考とデザイン思考は、この複雑性に対応するための有効なツールを提供します。アート思考による「問いの力」と「多様な価値観の受容」、そしてデザイン思考による「共感」と「プロトタイピングを通じた具体的な対話」を組み合わせることで、異なる立場の人々が互いを深く理解し、共通のビジョンを描き、具体的な解決策を共に創造していくプロセスを促進できます。

これらの思考法を地域実践に取り入れることは、単に効率的な合意形成を目指すだけでなく、地域に関わる全ての人々が、自分自身の視点や創造性を活かしながら、より良い未来を「自分ごと」として創り上げていくための基盤を築くことにつながるでしょう。根気強く、創造的な対話の場をデザインすることこそが、これからの地域共創に求められる重要なスキルであると言えます。