地域プロジェクトを「次に繋げる」技術:アート思考・デザイン思考による実践的な振り返り方法
はじめに:なぜ、地域プロジェクトに「振り返り」が不可欠なのか
地域における様々な課題に対し、アート思考やデザイン思考を活用したプロジェクトが数多く生まれています。しかし、プロジェクトを立ち上げ、実行するだけでなく、そこから何を学び、次にどう活かすかという「振り返り」のプロセスは、往々にして後回しにされがちです。
地域プロジェクトは、関係者が多岐にわたり、予測不能な要素も多く含まれます。計画通りに進まないことや、予期せぬ課題に直面することも少なくありません。このような複雑な環境下でプロジェクトを成功させ、さらに継続的により良い活動を展開していくためには、意図的かつ効果的な振り返りが不可欠です。
振り返りは単なる反省会ではありません。プロジェクトで起こった出来事を客観的に捉え、そこから得られる知見を抽出し、未来の活動に活かすための重要な学習機会です。本記事では、アート思考とデザイン思考の視点を取り入れた、地域プロジェクトの実践的な振り返り方法について解説します。これらの思考法が、どのように振り返りの質を高め、プロジェクトを「次に繋げる」力となるのかを見ていきましょう。
地域プロジェクトにおける振り返りの課題
地域プロジェクトの実践者の方々は、日々の業務や目の前の課題解決に追われ、じっくりと時間を取って振り返りを行うことが難しいと感じているかもしれません。また、振り返りの方法が分からなかったり、形式的なものになってしまったりするケースも見られます。
地域プロジェクト特有の課題としては、以下のような点が挙げられます。
- 成果が短期的に見えにくい、あるいは無形である: 定量的な成果だけでなく、関係性の構築や意識の変化といった無形の成果が多い場合、何をどう評価し、振り返るべきかが曖昧になりやすいです。
- 関係者の視点が多様である: プロジェクトに関わる住民、NPO職員、自治体職員、専門家など、それぞれの立場や関心、評価基準が異なります。単一的な視点での振り返りでは、多角的な学びを得ることが困難です。
- 属人的なノウハウになりがち: プロジェクトの成功要因や課題克服の知恵が、特定の担当者やリーダーの中に留まってしまい、組織や地域全体で共有・蓄積されにくい構造があります。
- 失敗や課題から目を背けたくなる: プロジェクトの過程で生じた課題や失敗に対し、感情的な側面が強く、客観的な分析や学びの抽出が妨げられることがあります。
これらの課題に対し、アート思考とデザイン思考は、異なる角度から振り返りを支援する視点やツールを提供してくれます。
アート思考とデザイン思考が振り返りにもたらす価値
アート思考とデザイン思考は、それぞれ異なるアプローチで創造性や課題解決を推進しますが、どちらも「問いを立てる」「観察・分析する」「新しい視点を見出す」「試行錯誤する」といった要素を含んでおり、これらは効果的な振り返りにおいても重要な役割を果たします。
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アート思考の視点による振り返り:
- 「なぜ?」を問い直す: プロジェクトの目的や前提、進め方に対して根本的な問いを立て直し、当たり前だと思っていたことの中に潜む「違和感」や「ノイズ」に気づくことを促します。これにより、表層的な出来事だけでなく、その背景にある構造や関係性に対する深い洞察を得られます。
- 内省と自己対話: 個々の実践者がプロジェクトを通じて何を感じ、何を考えたか、自身の内面に深く向き合う時間を持つことを重視します。これにより、個人的な成長やモチベーションの源泉、あるいは「次に何をしたいか」といった主観的な気づきを引き出します。
- 多様な視点からの気づき: 答えが一つではないアートの探求のように、プロジェクトの出来事についても多様な解釈や意味づけが可能であることを認めます。関係者それぞれの「見え方」や「感じ方」を共有し、単一の評価基準ではない多角的な学びを得ることを促します。
- 無形な価値への注目: 数字や効率だけでは測れない、人々の心持ちの変化、関係性の深化、場の雰囲気といった無形な成果やプロセスに意識を向け、その価値を言語化・共有することを助けます。
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デザイン思考の視点による振り返り:
- 「共感」の深化: プロジェクトに関わった人々(住民、パートナー、支援者など)が、どのような経験をし、何を感じていたのか、改めて彼らの視点に立って理解しようと試みます。これにより、プロジェクトの「受け手」側で起こっていたことに対する解像度を高め、次への改善点を見つけ出します。
- 問題の再定義: 当初設定した課題が、プロジェクトの進行によってどのように変化したのか、あるいは新たな課題が見つかったのかを検証します。デザイン思考のプロセスのように、振り返りを通じて再び問題定義の段階に戻り、より本質的な課題を発見する機会とします。
- アイデアとプロトタイピングからの学び: 実施したプログラムやサービス(プロトタイプ)が、関係者にとってどのように機能し、どのような反応があったのかを具体的に振り返ります。うまくいかなかった「失敗」は、ネガティブなものではなく、次の改善に向けた貴重な「学び」として捉え直します。テスト段階で得られたフィードバックを体系的に整理し、次のアクションに繋げます。
- プロセス全体の可視化と分析: デザイン思考の各フェーズ(共感、問題定義、アイデア創出、プロトタイピング、テスト)に沿ってプロジェクトの道のりを振り返ることで、どの段階で何が起こり、それが結果にどう繋がったのかを構造的に理解します。
アート思考は「なぜ、私はこれに惹かれたのだろう?」「この出来事から、私自身は何を感じ、考えたのだろう?」「この状況を全く違う視点で見たらどうなるだろう?」といった内省的・探求的な問いを、デザイン思考は「このユーザーはなぜこのような行動をとったのだろう?」「このプロトタイプは、当初の意図通りに機能したか?」「テストの結果から、次に何を改善すべきか?」といった観察・分析・改善に向けた問いを振り返りに持ち込みます。これらを組み合わせることで、プロジェクトの表層的な事実だけでなく、そこに関わる人々の内面や、プロセスそのものから深い学びを引き出すことが可能になります。
実践的な振り返り手法のステップ
アート思考とデザイン思考の視点を取り入れた振り返りは、以下のステップで実践することができます。特定のフレームワークに縛られる必要はありませんが、要素を網羅することが重要です。
ステップ1:準備と「場」の設定
振り返りの目的を明確にします。「プロジェクト全体の成功要因と課題を洗い出す」「参加者個人の成長を促進する」「次年度の計画策定に活かす」など、目的に応じて内容や参加者、時間を調整します。 参加者が安心して本音で話せる「安全な場」を作るための配慮が不可欠です。批判をしない、多様な意見を尊重するといったグランドルールを設定し、心理的安全性を確保します。
ステップ2:事実と「感じたこと」の共有
プロジェクト期間中に「何が起こったか」という事実を、できる限り客観的に共有します。時系列で振り返る、写真や記録映像、アンケート結果などの資料を参照するなど、様々な方法があります。 同時に、その事実に対して参加者それぞれが「どう感じたか」「何を考えたか」といった主観的な内面も共有します。アート思考的な「問い」を立ててみるのも有効です。「あの時、最も心に残った場面は?」「予想外だった出来事は何か?それについてどう感じたか?」「最も『自分らしい』と感じた瞬間は?」。デザイン思考の「共感」フェーズのように、自分自身の内面や他者の感情にも耳を傾けます。
ステップ3:多角的な視点からの分析と洞察
共有された事実と感情・思考をもとに、「なぜそれが起こったのか?」「他の可能性はなかったのか?」を掘り下げて分析します。 * 原因の探求: 根本的な原因は何か?個人の行動、チームの連携、外部環境など、様々な視点から要因を探ります。 * 新たな視点の導入: プロジェクトに直接関わっていない第三者や、異なる分野の専門家の視点を取り入れることで、新たな気づきが得られることがあります。アート思考の異分野からのインスピレーションを取り入れる考え方と共通します。 * 隠れた課題や価値の発見: 計画段階では見えていなかった課題や、意図せず生まれたポジティブな変化(無形の成果)に焦点を当て、その意味や価値を言語化します。
ステップ4:学びの言語化と「問い」の生成
分析を通じて得られた気づきや示唆を、具体的な「学び」として言語化します。「〇〇という状況では、△△というアプローチが有効である」「××を行う際には、事前に□□を確認する必要がある」のように、次の行動に繋がる形でまとめます。 さらに、アート思考的に、今回の経験から生まれた新たな「問い」を立ててみます。「この学びは、他の地域課題にも応用できるのだろうか?」「私たちが本当に解決すべき問題は、当初考えていたものとは違うのではないか?」「このプロジェクトを通じて、地域社会の未来についてどんな新しい問いが生まれたか?」。これらの問いは、次なる活動の方向性を探る羅針盤となります。
ステep5:次の行動計画と学びの共有
得られた学びと新たな問いをもとに、具体的なネクストアクションを計画します。デザイン思考のプロトタイピングやテストのように、「まずは小さく試してみよう」という発想で、実現可能性の高い一歩を設定することが重要です。 学びを個人やチームの中に留めず、関係者全体や組織、さらには地域社会に共有する仕組みを考えます。報告会、ニュースレター、ウェブサイトでの発信、勉強会の開催など、目的に応じた方法を選択します。これにより、学びが組織全体の知として蓄積され、今後のプロジェクトの質を高める基盤となります。
振り返りを「次に繋げる」ための工夫
単に振り返りを行っただけでなく、そこから得た学びを実際に次の活動に繋げることが最も重要です。
- 学びを具体的な行動計画に落とし込む: 抽象的な反省に終わらせず、「いつまでに」「誰が」「何をやるか」を明確にしたTo-Doリストやアクションプランを作成します。
- 定期的な「学びの共有会」を設定する: プロジェクトチーム内だけでなく、関わった住民や他の活動家とも定期的に学びや気づきを共有する場を設けることで、多様な視点からの学びが促進され、関係性の強化にも繋がります。
- 「学びのアーカイブ」を作成する: プロジェクトごとに得られた学びや教訓を、形式を定めて記録・蓄積します。これにより、過去の知見を将来のプロジェクトで参照できるようになり、属人的なノウハウの解消に役立ちます。失敗事例も重要な学びとして記録します。
- 組織や地域の文化として根付かせる: 振り返りや学びの共有を、特別なイベントではなく、日々の活動の一部として位置づけます。会議の冒頭に前回の活動からの学びを共有する時間を設ける、プロジェクト終了後に必ず振り返りワークショップを実施するなど、習慣化を意識します。
留意点とよくある課題への対処法
- 時間の確保: 振り返りの時間をあらかじめプロジェクト計画に組み込んでおくことが有効です。また、短時間でも行えるミニ振り返り(例: 各活動の終了時に15分だけ時間を取る)を取り入れることも効果的です。
- 参加者の声を引き出す: 一方的な発表ではなく、参加者全員が安心して発言できるようなファシリテーションスキルが重要です。問いかけを工夫する、付箋を使って匿名での意見提出を促すなど、様々な手法を活用します。アート思考的な「正解のない問い」を投げかけることも有効です。
- 形式的な振り返りを避ける: テンプレートに沿って項目を埋めるだけになりがちな場合は、「最も『意外だったこと』は何ですか?」「もしタイムマシンで過去に戻れるなら、自分に何とアドバイスしますか?」など、普段とは違う問いかけを導入してみましょう。アート思考的な発想の転換を促す問いが有効です。
- 失敗を恐れない文化を作る: 失敗は学びの宝庫であることを理解し、失敗事例を正直に共有できる雰囲気を作ります。「失敗を責めないが、そこから学ぶことは必須」という共通認識を持つことが重要です。
まとめ:振り返りは未来への投資
地域プロジェクトにおける振り返りは、単に過去を評価するだけでなく、そこから深い学びを得て、未来の活動をより豊かにするための重要なプロセスです。アート思考は、プロジェクトの表面的な出来事の奥にある本質的な問いや個人的な内省を深める視点を提供し、デザイン思考は、ユーザー視点からの共感、問題の再定義、具体的な改善策への接続といった実践的なフレームワークを提供します。
これらの思考法を組み合わせることで、地域プロジェクトの実践者は、成功や失敗から学びを得て、自身のスキルを向上させ、チームや組織の学習能力を高め、最終的には地域課題解決に向けた活動の質と持続可能性を高めることができます。
ぜひ、今日からあなたの地域プロジェクトに、アート思考とデザイン思考を取り入れた「実践的な振り返り」の時間を意識的に設けてみてください。そこから生まれる学びと洞察が、必ずや次のステップを照らす光となるでしょう。