アート思考・デザイン思考で育む地域の担い手:創造性を引き出す人材育成プログラム設計
地域課題解決を担う人材育成の新たな視点
地域活性化の現場では、持続可能な活動を推進するための担い手育成が喫緊の課題となっています。特に、既存の枠にとらわれず新たな価値を創造できる人材、多様な関係者と協働できる人材の必要性が高まっています。従来の知識伝達型の研修だけでは、複雑な地域課題に対応できる創造性や実践力を十分に育むことが難しい場合があります。
ここで注目されるのが、アート思考とデザイン思考の考え方を人材育成プログラムに取り入れるアプローチです。これらの思考法は、単に知識を学ぶだけでなく、自ら問いを立て、共感し、多様な視点を取り入れながら、試行錯誤を通じて具体的な解を見出していくプロセスを重視します。このプロセスこそが、変化の激しい地域社会で求められる実践力や創造性を育む鍵となります。
本記事では、アート思考とデザイン思考を活用した地域人材育成プログラムの設計方法と、その実践におけるポイントについて解説します。
なぜ地域の人材育成にアート思考・デザイン思考が有効なのか
アート思考は、既存の概念や常識にとらわれず、「自分は何を見たいか」「何を感じるか」といった内発的な動機や問いを探求するプロセスを重視します。これにより、参加者は自身の価値観や関心に深く向き合い、地域に対する独自の視点を持つことを促されます。これは、地域活動への主体的な参画意識を高める上で非常に重要です。
一方、デザイン思考は、特定の課題に対し、ユーザー(地域住民など)への深い共感から出発し、課題定義、アイデア創出、プロトタイピング、テストという反復的なプロセスを通じて解決策を探る手法です。このプロセスは、地域のリアルなニーズに基づいた実践的なアプローチを学ぶのに適しています。
地域人材育成においてこれらの思考法を組み合わせることで、以下のような効果が期待できます。
- 主体性の向上: 自ら問いを立て、探求するアート思考により、地域活動への内発的な動機付けが促進されます。
- 共感力と対話力の強化: デザイン思考の共感フェーズを通じて、多様な地域住民の立場や感情を理解し、建設的な対話を行うスキルが養われます。
- 創造的な問題解決能力: 既成概念にとらわれず多角的な視点からアイデアを生み出し、試行錯誤を繰り返すプロセスを通じて、現実的な課題に対する創造的な解決能力が高まります。
- 協働の実践力: プロトタイピングやテストといったプロセスをチームで行うことで、多様なスキルや考えを持つ人々と協力し、共通の目標に向かう実践力が身につきます。
- 変化への適応力: 完璧な解がない中で、不確実性を受け入れ、柔軟に軌道修正しながら進む力が養われます。
人材育成プログラム設計のステップ
アート思考・デザイン思考を取り入れた地域人材育成プログラムを設計する際は、以下のステップを参考に進めることができます。
ステップ1:プログラムの目的と目標設定
どのような「担い手」を育成したいのか、プログラムを通じて参加者にどのような状態になってほしいのかを明確に定義します。単に知識を増やすだけでなく、「〇〇に関する課題を自ら発見し、解決に向けたプロジェクトを企画・実行できるようになる」「多様な立場の人と協力して地域活動を推進できるようになる」といった、行動変容や実践力に焦点を当てた目標設定が重要です。対象者(若者、主婦層、定年退職者、移住者など)の特性やニーズも踏まえて設定します。
ステップ2:プログラム内容の構成
アート思考とデザイン思考の各プロセスを体験できるワークショップやアクティビティを中心にプログラムを構成します。
- アート思考的アプローチ(問いと発見):
- 地域を異なる視点で見つめ直すフィールドワークや観察ワークショップ。
- 自身の関心や価値観を探求するジャーナリングや対話セッション。
- 既存の地域活動や資源に対する「なぜ?」「本当にそうか?」といった問いを立てる演習。
- デザイン思考的アプローチ(共感と創造):
- 地域住民や関係者へのインタビュー、参与観察を通じた共感ワーク。
- 共感マップやペルソナ作成による課題の深掘り。
- ブレインストーミングやKJ法などを活用したアイデア発想ワークショップ。
- 簡単な模型、絵、寸劇などによるプロトタイピング演習。
- 関係者からのフィードバックを得るテストセッション。
- 両者の組み合わせ:
- アート思考で見つけた問いや関心を、デザイン思考のプロセスで具体的なプロジェクトアイデアに落とし込む。
- デザイン思考の共感プロセスで得た気づきから、新たな問いを立て直し、課題の本質を探る。
座学は最小限にとどめ、体験を通じて学ぶ機会を最大化することが望ましいでしょう。
ステップ3:ファシリテーターの選定と育成
アート思考やデザイン思考のプロセスは、参加者の内発的な気づきや創造性を引き出すための適切なファシリテーションが不可欠です。一方的な知識伝達ではなく、参加者同士の対話を促し、異なる意見を尊重し、安全な探求の場を創出できるファシリテーターを選定または育成します。必要に応じて、アートやデザインの実践者、地域活動の経験者など、多様なバックグラウンドを持つ人材に協力を依頼することも有効です。
ステップ4:実践の機会とフォローアップ
プログラム内で学んだことを実際に地域で試す機会(ミニプロジェクト、現場での実践演習など)を設けます。プログラム終了後も、参加者同士が継続的に学び合い、情報交換できるコミュニティ形成の支援や、個別のメンタリングなど、フォローアップ体制を整えることが、学びを定着させ、実践につなげるために重要です。
実践における留意点と課題
アート思考・デザイン思考を用いた地域人材育成プログラムは、従来の形式とは異なるため、いくつかの留意点や課題があります。
- 効果測定の難しさ: 参加者の意識変容や創造性といった無形の成果を定量的に測ることは容易ではありません。プログラムの目標設定と連動した、定性的な評価手法(インタビュー、行動観察、成果物の質的評価など)を取り入れることが必要です。長期的な視点での効果測定も視野に入れます。
- 参加者の理解とモチベーション: アート思考やデザイン思考の概念に馴染みのない参加者もいる可能性があります。なぜこれらの思考法が地域活動に役立つのか、具体的な事例を交えながら丁寧に説明し、参加者が安心して試行錯誤できる雰囲気作りが重要です。また、実践につながる具体的なステップや、プログラム参加後のイメージを明確に伝えることで、モチベーション維持を促します。
- 地域特性への適合: プログラム内容は、対象となる地域の文化、歴史、社会構造、そして抱える具体的な課題に合わせてカスタマイズする必要があります。普遍的なフレームワークを適用しつつも、地域固有の文脈を深く理解した上で設計することが成功の鍵となります。
- 既存組織との連携: 地域には既に様々な団体や組織が存在します。育成した人材が地域で活動を継続していくためには、既存組織との連携や協力体制が不可欠です。プログラム設計の段階から、地域のキーパーソンや団体と連携し、プログラム修了後の受け皿や連携機会を検討しておくことが望ましいでしょう。
- 世代間連携の促進: 高齢者と若者、移住者と地元住民など、異なる世代や立場の参加者が共に学ぶ場を設定する場合、それぞれの経験や知識を尊重し合い、フラットな関係で対話できるようなファシリテーションやワーク設計が特に重要になります。共通の地域課題に対するプロジェクト活動などは、世代を超えた協働を自然に促す効果があります。
まとめ
アート思考とデザイン思考は、地域の担い手育成に新たな可能性をもたらす強力なツールです。これらの思考法を通じて、参加者は自ら問いを見つけ、多様な人々と共感し、創造的に課題解決に取り組む力を育むことができます。プログラム設計においては、明確な目的設定、体験中心の構成、適切なファシリテーション、そして継続的なフォローアップが重要となります。
たしかに、無形の成果を扱う難しさや、既存の仕組みとの連携といった課題は存在します。しかし、これらの思考法を用いた実践は、地域に根差した主体的な活動を促し、未来に向けた持続可能な地域づくりに貢献する創造的な担い手を育むための有効なアプローチとなるでしょう。地域の人材育成に関わる皆様にとって、本記事が新たなプログラム設計の一助となれば幸いです。