予算がなくてもできる!地域リソースの創造的活用ガイド:アート思考とデザイン思考の視点
はじめに:限られた予算で地域課題に挑む
地域課題の解決に取り組む際、常に大きな壁となるのが「予算」の制約です。特に小規模なプロジェクトや、新しい試みを始める初期段階では、潤沢な資金を確保することが難しい場合が少なくありません。しかし、だからといって地域課題への挑戦を諦める必要はありません。
重要なのは、新たなリソース獲得に奔走することだけではなく、「今、地域に既にあるもの」をどのように捉え直し、創造的に活用できるかという視点です。ここに、アート思考とデザイン思考が持つ力が活きてきます。これらの思考法は、限られたリソースの中で最大限の価値を引き出し、地域に眠る可能性を顕在化させるための有効なツールとなり得ます。
本稿では、予算が限られる状況下でも、アート思考とデザイン思考の視点を用いて地域の既存リソースを創造的に活用し、地域課題の解決や新たな価値創造につなげるための具体的なアプローチについて解説します。
アート思考とデザイン思考が「あるもの」を価値に変える視点
アート思考は、既成概念にとらわれず、自分自身の内なる衝動や問いを深く探求し、独自の視点で世界を捉え直すことに重きを置きます。地域リソースにこの視点を当てはめると、「これは〇〇であるべきだ」という固定観念から解放され、「これは別の見方をすれば何に見えるだろう?」「この当たり前のものに、どんな隠された可能性があるだろう?」といった問いが生まれます。これにより、見慣れた風景や使われなくなった施設、あるいは地域住民の持つ何気ないスキルの中に、これまで気づかなかった新たな価値や可能性を見出すことができます。
一方、デザイン思考は、ユーザー(地域住民や関係者)の深いニーズを共感的に理解することから始まり、課題定義、アイデア創出、プロトタイピング、テストといった反復的なプロセスを経て、具体的な解決策を生み出します。地域リソースの活用においてデザイン思考を用いると、アート思考で見出したリソースの可能性を、実際の地域のニーズや課題解決の文脈に結びつけ、具体的な形にする道筋が見えてきます。例えば、「この空き家を地域交流に使えないか?」というアート思考的な問いに対し、デザイン思考のプロセスで地域住民のニーズ(集まる場所がない、スキルを共有したいなど)を掘り下げ、プロトタイプとして小さなイベントを企画・実施してみる、といった具体的なアクションにつながります。
このように、アート思考でリソースの可能性を広げ、デザイン思考でそれを具体的なニーズや課題解決に結びつけ、実践可能な形に落とし込んでいく。この両輪が、限られた「あるもの」から最大の価値を引き出す鍵となります。
地域に「既にあるもの」を見つける・再定義する
地域リソースと聞くと、伝統工芸品や観光資源のような「目に見える価値」を持つものだけを想像しがちですが、アート思考・デザイン思考の視点では、より広範なものがリソースとなり得ます。
1. 物理的なリソース
- 場所・建物: 使われていない空き家、空き店舗、古い倉庫、使われなくなった公共施設、公園、河川敷、耕作放棄地など。単なる「負の遺産」ではなく、「ポテンシャルのある空間」として捉え直します。
- モノ: 過去の産業遺産、古い道具、地域の特産品、自然素材(木材、土、水)、捨てられているもの(廃材、古布など)など。その本来の機能だけでなく、素材、形、歴史などに着目します。
2. 人文・社会的なリソース
- 人々のスキル・経験: 地域の高齢者が持つ伝統技術、農業・漁業の知識、手先の器用さ、豊富な人生経験、特定分野への深い造詣(歴史、自然など)。
- コミュニティ・関係性: 地域の祭りや行事の運営ノウハウ、住民同士の繋がり、NPOや地域団体、学校、企業、役場といった組織のネットワーク。
- 歴史・文化: 地域の成り立ち、伝承、習慣、祭り、隠れた物語、地域特有の雰囲気や景観。
3. 見えないリソース
- 時間: 地域住民がボランティアや活動に使える時間、イベントのための準備期間。
- 情報: 地域に関する情報(歴史、地理、統計、住民の声)、インターネット上の情報。
- 感情・想い: 地域への愛着、課題を解決したいという情熱、新しいことを始めたい意欲、住民の潜在的な「困りごと」や「こうだったらいいのに」という願い(デザイン思考における「共感」の対象)。
これらのリソースを見つけるためには、地域をじっくり観察し、多様な人々の声に耳を傾け、「なぜそうなるのだろう?」「他にはどんな可能性があるだろう?」とアート思考的な問いを立てることが重要です。また、デザイン思考の「共感」ステップのように、地域住民と同じ視点に立ち、彼らの日常や課題を追体験することで、見過ごされがちなリソースやニーズが発見できます。
既存リソースの創造的な活用手法
見つけたリソースを、どのように地域課題解決や価値創造に結びつけるか。アート思考・デザイン思考は、リソースを「そのまま使う」のではなく、「創造的に使う」ための多様な手法を提案します。
1. リソースの組み合わせ(リミックス)
複数の既存リソースを組み合わせることで、単体では生まれ得ない新しい価値や機能を生み出します。
- 例1: 空き家(場所)+地域住民のスキル(人)+捨てられる木材(モノ) → DIYワークショップスペース&地域の交流拠点
- 例2: 地域の歴史(人文)+ITスキルを持つ若者(人)+古い写真や文書(モノ) → デジタルアーカイブ作成&街歩きARコンテンツ開発
2. 文脈の転換
リソースが通常使われている文脈や目的から切り離し、全く新しい文脈に置いて活用します。
- 例1: 使われなくなったプールの底(場所) → アート作品の展示空間、野外劇場
- 例2: 漁業で使われなくなった漁網(モノ) → アートインスタレーションの素材、アップサイクル商品
3. 価値の再定義
当たり前すぎたり、ネガティブに捉えられたりしているリソースを、ポジティブな価値として捉え直します。
- 例1: 過疎地域ゆえの静けさや豊かな自然 → 都市住民にとっての癒やしやワーケーション拠点としての価値
- 例2: 高齢化による人手不足 → 豊富な経験や知恵の宝庫として、若者との世代間交流プログラムやメンター制度に活用
4. 参加・共創による活用
リソースを活用するプロセス自体を、住民や関係者が参加・共創する場とします。これにより、リソース活用の成果だけでなく、プロセスを通じた地域内の関係性強化や学びが生まれます。
- 例: 地域に伝わる昔話や伝承(人文)+住民の語り部(人)+デザイン思考ワークショップ → 住民参加型の地域物語再編集プロジェクト、絵本や演劇創作、ウェブサイトでの発信
実践へのステップと留意点
ステップ
- リソースの棚卸しとアート思考的問いかけ: 地域にある「ヒト・モノ・場所・情報・歴史・文化・時間・感情」などをリストアップします。それぞれについて「これは何として使えるか?」「別の見方はできないか?」「隠れた可能性は?」といった問いを立てます。
- 地域課題・ニーズの深掘り(デザイン思考): 住民や関係者への共感的なヒアリングや観察を通じて、彼らが本当に困っていること、求めていることを明らかにします。
- リソースと課題のマッチング: 棚卸ししたリソースリストと、深掘りした地域課題・ニーズを結びつけ、「このリソースをこの課題解決にどう活かせるか?」を考えます。この段階で、複数のリソースを組み合わせるアイデアも検討します。
- アイデアの創出と絞り込み: 自由な発想でリソース活用アイデアを出し合います。実現可能性やインパクト、地域への適合性などを考慮してアイデアを絞り込みます。
- 小規模プロトタイピング: 選んだアイデアを、予算や労力をかけずに小さく試してみます(例: イベント、ワークショップ、試験的なサービス提供)。これにより、机上の空論に終わらず、現場での学びを得ます。
- フィードバックと改善: プロトタイピングの結果から学び、アイデアや活用方法を改善します。必要であれば、再度リソースの棚卸しやニーズの深掘りに戻ることもあります。
- 関係者の巻き込みと共創: 企画段階から地域住民や関係者に積極的に関わってもらいます。彼らは単なる協力者ではなく、リソース提供者であり、共同創造者です。
留意点
- 安全と法規: 特に場所やモノを物理的に活用する際は、安全確保や建築基準法、著作権などの法規遵守を確認してください。
- 既存の活動への配慮: 既に地域で行われている活動や商売に配慮し、競合や摩擦を生まないよう、連携や棲み分けを検討することが重要です。
- 持続可能性の視点: 一過性のイベントで終わらせず、リソース活用が地域の持続的な活力につながる仕組みをデザイン思考的に考えます。小さな成功を積み重ねる視点が有効です。
- 成果の捉え方: 経済的な成果だけでなく、地域住民の誇り、関係性の強化、学びの機会といった無形の成果も重要な価値として捉え、関係者間で共有することが、次のステップへのエネルギーになります。
まとめ:地域に「あるもの」は可能性の宝庫
予算が限られているからこそ、地域に「既にあるもの」に目を向け、それをアート思考でユニークな視点から捉え直し、デザイン思考で具体的な解決策へとつなげるプロセスが重要になります。地域リソースは、特別なものでなくとも、人々の暮らしや歴史に根ざしたものであることが多く、それらを活用した活動は、地域住民の共感や参加を得やすいという利点もあります。
このガイドラインが、あなたが地域で直面する予算の壁を乗り越え、「あるもの」を最大限に活かした創造的な地域課題解決に取り組むための一助となれば幸いです。地域に眠る無限の可能性を、アート思考とデザイン思考の力で引き出していきましょう。