小規模・低予算プロジェクトのためのアート思考・デザイン思考による効果測定:無形価値を捉え、次につなげる評価手法
はじめに
地域課題解決のためにアート思考やデザイン思考を取り入れたプロジェクトは増えています。特に、NPOや自治体、地域活動家が主導する小規模なプロジェクトでは、斬新なアイデアや住民との共創による温かい関係性が生まれやすく、これまでの硬直したアプローチとは異なる成果が期待されています。
しかしながら、こうしたプロジェクトを進める中で、多くの実践者が共通して直面する課題があります。それは、プロジェクトの「成果」をどのように捉え、評価し、ステークホルダーに伝えるかという点です。特に、アート思考やデザイン思考が重視する「問いの発見」「意味の探求」「共感の醸成」「関係性の構築」といった要素は、定量的な数値として現れにくいため、「プロジェクトは成功したのか?」「どのような効果があったのか?」を説明することが難しいと感じる方もいらっしゃるでしょう。
さらに、小規模・低予算のプロジェクトでは、専門の評価機関に依頼したり、大規模な調査を実施したりするリソースが限られています。どのようにすれば、少ないコストと労力で、プロジェクトが生み出した無形の価値や変化を適切に把握し、次の活動へつなげることができるのでしょうか。
本稿では、地域プロジェクトにおいてアート思考・デザイン思考を用いた際に生じる無形の成果に焦点を当て、特に小規模・低予算の状況下でも実践可能な評価・効果測定の手法と考え方について解説します。
アート思考・デザイン思考における「成果」とは
従来の地域活性化プロジェクトでは、観光客数、イベント参加者数、経済効果、雇用創出数といった、比較的数値化しやすい指標が成果として重視される傾向にありました。もちろん、これらの指標も重要ですが、アート思考やデザイン思考を用いたプロジェクトでは、それだけでは捉えきれない多様な「成果」が生まれます。
アート思考は、既存の枠組みにとらわれず、独自の視点や問いを通じて新たな「意味」や「価値」を生み出すプロセスを重視します。一方、デザイン思考は、人間の深いニーズや隠れた課題を発見し、共感に基づいたイノベーションを生み出すプロセスを重視します。これらの思考法を地域課題解決に応用する際、「成果」として挙げられるのは、以下のようなものが考えられます。
- 意識の変化: 地域住民や参加者の課題に対する認識の変化、新たな視点の獲得。
- 関係性の構築・強化: 参加者同士、住民と行政、多様な主体間の信頼関係やネットワークの構築。
- 共感の醸成: プロジェクトの目的や背景に対する深い共感、感情的な結びつき。
- 内発的な動機付け: 住民自身の「やってみたい」という意欲や主体性の向上。
- 創造性の発揮: 参加者から生まれる予期せぬアイデアや表現。
- 場の質の変化: コミュニティ内の雰囲気、安心感、活気の向上。
- 新たな問いの発見: プロジェクトを通じて明らかになった、より本質的な課題や可能性。
これらの「無形な成果」は、地域が持続的に発展していく上で非常に重要な基盤となります。短期的な経済効果だけでなく、人々の心や関係性に起こったポジティブな変化こそが、将来的な地域活力の源泉となりうるのです。
小規模・低予算プロジェクトにおける評価の難しさ
無形な成果の重要性を理解しつつも、実際にそれを評価しようとすると、特に小規模・低予算のプロジェクトでは多くの壁にぶつかります。
- 評価に関する専門知識・経験の不足: 評価設計やデータ分析の専門家をチームに迎え入れる予算がない、あるいは担当者が評価の専門ではない。
- データ収集のためのリソース不足: 大規模なアンケート調査や長期的な追跡調査を実施する人員、時間、費用がない。
- 評価指標設定の困難さ: 無形な成果をどのような「ものさし」で測ればよいのか、明確な指標を定めるのが難しい。
- 成果発現までの時間差: 関係性の変化や意識の変化といった無形な成果は、プロジェクト期間中にすぐには現れず、長期的な視点での観察が必要となる場合がある。
- 他の要因との区別: プロジェクトの効果なのか、あるいは同時期に発生した他の出来事による影響なのかを区別するのが難しい。
これらの課題に対し、「完璧な」評価を最初から目指すのではなく、「プロジェクトの価値を理解し、次につなげるための」評価という視点を持つことが重要です。
限られた資源で無形価値を捉える評価手法
小規模・低予算のプロジェクトでも実践可能な、無形価値を捉えるための具体的な評価手法をいくつかご紹介します。これらの手法は、単独で用いるだけでなく、組み合わせて使うことでより多角的な評価が可能になります。
1. 定性的な手法の活用
無形な成果は、人々の内面や関係性に現れることが多いため、数値では捉えにくい「質的」な情報を丁寧に収集することが有効です。
- インタビュー: プロジェクト参加者、住民、関係者などに個別またはグループでインタビューを実施します。「プロジェクトに参加してどのような気持ちの変化がありましたか?」「以前と比べて地域に対する見方は変わりましたか?」「プロジェクトを通じて新しく生まれたつながりはありますか?」など、具体的な体験や感情、関係性の変化について深く尋ねます。話しやすい雰囲気を作り、相手の言葉をそのまま受け止める傾聴の姿勢が重要です。
- 観察: プロジェクトの活動中の様子や、プロジェクト終了後の地域での人々の関わりなどを観察します。例えば、ワークショップでの参加者の表情や発言の変化、地域での挨拶の回数が増えたか、プロジェクトに関連する場所がどのように使われているか、などを記録します。写真や動画で記録するのも有効です。
- ワークショップや座談会での記録: プロジェクトの途中で、参加者に感想や気づきを共有してもらうワークショップや座談会を企画し、その場で出た意見やアイデア、参加者の間の相互作用などを記録します。付箋に書いてもらう、模造紙に書き出すなど、参加者自身が可視化するような工夫も有効です。
- 日記や活動ログ: プロジェクトの運営者や参加者が、日々の気づきや感じたこと、印象的な出来事などを日記やログとして記録します。後で振り返る際に、自分たちの変化やプロジェクトの影響を客観的に捉えやすくなります。
- 写真・映像: プロジェクトの場面を写真や映像で記録します。人々の笑顔、真剣な表情、協力する様子、活動場所の変化など、言葉では伝えきれない雰囲気や感情を記録できます。これらの視覚情報は、評価結果を共有する際にも強力なツールとなります。
これらの定性的な情報は、集めた後に繰り返し読み返し、共通するテーマやキーワード、印象的なエピソードなどを抽出して整理・分析します。
2. 簡易的な定量化
完全に数値化することは難しくても、身近なツールを使って簡易的に定量的な情報を収集することも可能です。
- 簡易アンケート: プロジェクトの前後や特定のタイミングで、参加者や関係者に簡単なアンケートを実施します。質問は、意識の変化や満足度などを測るための簡単な尺度(例:「地域への関心はどの程度変化しましたか? 1:全く変化なし ~ 5:大きく変化した」)や、自由記述式の質問を組み合わせます。オンラインフォームを使えば、集計の手間を減らすことができます。
- ウェブサイト・SNSデータ: プロジェクトのウェブサイトへのアクセス数、関連するSNS投稿への「いいね」やコメント、シェア数などを追跡します。これはプロジェクトへの関心度や情報拡散の度合いを測る指標となり得ます。
- イベント参加者数: ワークショップや説明会などのイベント参加者数を記録します。ただし、参加者数だけでは質の評価にはならないため、他の定性的な情報と組み合わせて解釈が必要です。
これらの簡易的な定量データは、定性的な情報を補強し、より説得力のある説明をするために役立ちます。
3. ジャーニーマッピング、ストーリーテリング
プロジェクトを通じて、参加者や地域にどのような変化が起こったのかを、時系列で可視化し、物語として語る手法です。
- ジャーニーマッピング: プロジェクト開始前から終了後にかけて、特定の個人やグループ(例:ある住民、地域全体)がどのような体験をし、そこで何を感じ、どのように意識や行動が変化したのかを、図やイラストを用いて表現します。ポジティブな変化だけでなく、課題やつまずきも正直に描くことで、リアリティが増します。
- ストーリーテリング: 集めたインタビューや観察記録、写真などの情報から、プロジェクトのハイライトとなるエピソードや、象徴的な参加者の変化を抽出し、物語として再構成します。「〇〇さんがプロジェクトに関わることで、△△という変化が生まれた」といった具体的なストーリーは、データや数値だけでは伝わりにくいプロジェクトの価値や感情的な側面を、聞き手の心に深く訴えかけます。
これらの手法は、単に評価結果を報告するだけでなく、プロジェクトの意義を共有し、新たな共感を生むための強力なコミュニケーションツールとなります。
4. リフレクション(内省)
プロジェクトに関わった人々自身が、プロジェクトのプロセスや結果について深く考え、そこから学びを得る機会を設けることも重要な評価プロセスの一部です。
- チーム内リフレクション: プロジェクトチームで定期的にミーティングを行い、うまくいった点、うまくいかなかった点、予期せぬ出来事、そこから学んだことなどを共有し、話し合います。形式ばらず、自由な雰囲気で率直に意見交換できる場とすることが大切です。
- 参加者とのリフレクション: プロジェクトの終わりに、参加者と共に活動全体を振り返るワークショップなどを開催します。参加者同士が互いの経験や気づきを共有することで、プロジェクトの価値を内面化し、今後の行動へつなげるきっかけとなります。
リフレクションを通じて得られた学びや気づきは、次期プロジェクトの計画に活かしたり、他のプロジェクトへ知見として共有したりすることができます。
評価結果の活用方法
収集・分析した評価結果は、単に記録として残すだけでなく、積極的に活用することが重要です。
- ステークホルダーへの共有: 住民、自治体、支援機関、企業など、プロジェクトを応援してくれた人々に対し、プロジェクトがどのような価値を生み出したのかを伝えます。定性的なエピソードやストーリー、写真などを効果的に使い、共感を得られるような伝え方を工夫します。報告書の形式にこだわる必要はありません。ウェブサイトでの公開、ニュースレター、報告会など、様々な形で発信しましょう。
- 次期プロジェクトへの反映: 評価から見えてきた成功要因や課題点を分析し、次のプロジェクトの計画や実施方法に活かします。何がうまくいき、何がうまくいかなかったのかを具体的に把握することで、改善につなげることができます。
- 資金調達や連携強化: プロジェクトの成果を明確に伝えることは、新たな資金提供者を探したり、他の団体との連携を強化したりする上で非常に有利に働きます。「私たちの活動は、このような価値を生み出しています」と具体的に示すことができれば、支援や協力が得られやすくなります。
実践上の留意点と課題
小規模・低予算で評価を進める上で、いくつかの留意点と課題への対処法があります。
- 評価の目的を明確にする: 何のために評価を行うのか(例:活動の改善、報告、資金獲得)を最初に明確にすることで、どのような情報を集め、どのように分析・活用すればよいかが定まります。目的に応じて、最適な手法を選択しましょう。
- 最初から完璧を目指さない: 大規模プロジェクトのような厳密な評価は難しいことを受け入れましょう。まずはできることから始め、経験を積みながら徐々に評価の質を高めていくのが現実的です。簡単なアンケートとインタビューから始めるなど、負担の少ない方法を選びましょう。
- 関係者と共に評価プロセスを考える: 住民や参加者など、プロジェクトに関わる多様な人々と共に「何をもって成功とするか」「どのような変化を目指すか」を話し合い、評価の視点や方法を検討します。これにより、関係者にとって意味のある評価となり、評価自体が共創のプロセスになります。
- 評価結果を学びとして活かす: 期待していたような結果が得られなかったとしても、それを失敗と決めつけるのではなく、「なぜそうなったのか」「次にどう活かせるか」を考える機会と捉えましょう。課題を正直に共有することで、周囲の理解や協力を得ることもあります。
- 予算がなくてもできる工夫: 専門家への依頼が難しければ、評価に関する書籍やオンライン情報で自主的に学ぶ、大学の研究室に相談してみる、他の地域の実践者と情報交換するなど、方法はあります。また、ITツールを活用してデータ収集・整理を効率化したり、活動をボランティアの協力を得て記録したりすることも有効です。
まとめ
小規模・低予算の地域プロジェクトにおいて、アート思考・デザイン思考を用いた実践から生まれる無形な成果は、地域の持続的な活力にとって非常に重要です。これらの無形価値を適切に評価することは、プロジェクトの意義を再確認し、関係者との信頼を深め、次なる活動へのステップとするために不可欠です。
予算やリソースに限りがある場合でも、定性的な手法を中心に、簡易的な定量化やストーリーテリングなどを組み合わせることで、プロジェクトの生み出した豊かな変化や価値を捉えることは可能です。評価プロセスを関係者との共創の機会と捉え、得られた学びを素直に受け止め、次につなげていく姿勢が重要となります。
「完璧な評価」ではなく、「プロジェクトの価値を理解し、より良くしていくための評価」を目指し、それぞれのプロジェクトに合った無理のない方法で、無形価値の可視化に取り組んでみてはいかがでしょうか。それが、地域に根差したクリエイティブな実践を持続させていく力となるはずです。