地域に新しい居場所を:アート思考・デザイン思考による小規模拠点の再生と持続可能な運営
はじめに:地域における小規模拠点の可能性と課題
地域の空き家や遊休施設を活用した小規模拠点は、住民交流の場、新たな活動の起点、地域文化の発信地として、地域活性化において重要な役割を担っています。しかし、その再生から持続可能な運営に至るまでには、資金調達、住民の巻き込み、運営体制の構築、利用促進など、多くの課題が伴います。
これらの課題に対し、従来の箱物行政的な発想や経済合理性のみを追求するアプローチでは限界がある場合も少なくありません。そこで注目されているのが、アート思考とデザイン思考の活用です。アート思考による既存の枠にとらわれない発想と、デザイン思考による人間中心のアプローチを組み合わせることで、地域に真に必要とされ、運営が持続可能な新しい居場所を生み出す可能性が拓かれます。
本稿では、アート思考とデザイン思考を、小規模地域拠点の「再生」と「持続可能な運営」という二つの側面からどのように活用できるのか、具体的なステップや留意点に触れながら解説いたします。
アート思考による「再生」のコンセプトメイキング
小規模拠点の再生において、アート思考は、既存の空間に新しい意味や価値を与えるための強力なツールとなります。単に建物を修繕するだけでなく、「この場所は何のためにあるのか」「どのような体験を提供したいのか」「どのような問いを地域に投げかけるのか」といった根本的な問いを立てることから始めます。
- 既存の価値観からの脱却と問いの設定: 地域に「足りないもの」を探すのではなく、「この場所でしか生まれないユニークなものは何か」「この空間はどのような可能性を秘めているか」といった、固定観念を揺さぶる問いを立てます。例えば、「かつて人が集まったこの場所は、今、何を語りかけているか?」「もしこの場所が生き物だとしたら、何を求めているか?」といった問いは、単なる機能ではない、感情や物語に根差したコンセプトを生み出すきっかけとなります。
- 非日常性や独自性の追求: アート思考は、予測不可能なもの、直感的なもの、非効率に見えるものの中にも価値を見出します。再生する拠点に、一般的なコミュニティスペースにはない、驚きや発見、美しい体験、五感を刺激する要素など、感性に訴えかける仕掛けを取り入れることを検討します。これは、地域外からの関心を惹きつけ、メディアに取り上げられやすくなるなど、結果として運営面の利点にもつながることがあります。
- 意味のレイヤーの創出: 建物の歴史、地域の記憶、自然環境など、その場所固有の要素を掘り起こし、それらをコンセプトに織り交ぜます。単なる物理的な空間ではなく、物語や哲学を持った「意味の場」として設計することで、利用者の愛着や共感が生まれやすくなります。
アート思考によるコンセプトメイキングは、再生プロジェクトの初期段階で、その拠点が持つべき「魂」を定める作業と言えます。これによって、その後のデザイン思考による具体的な計画や運営方針に一貫性と強い動機づけが生まれます。
デザイン思考による「再生」の実践プロセス
アート思考で方向性が定まったら、次はデザイン思考を活用して、そのコンセプトを具体的な形に落とし込み、地域に実装していきます。デザイン思考は、ユーザー(地域住民、来訪者、利用者など)を中心に据え、共感、定義、アイデア発想、プロトタイピング、テストという段階を経て課題解決を目指す手法です。
- 共感(Empathize): まず、拠点の潜在的な利用者や周辺住民のニーズ、悩み、願望を深く理解することから始めます。インタビュー、観察、ワークショップなどを通じて、彼らがどのような「居場所」を求めているのか、既存の課題は何かを徹底的にリサーチします。空き家になる前の建物の使われ方や、地域が抱える社会的な背景なども重要な情報源となります。
- 定義(Define): 共感フェーズで得られた情報をもとに、解決すべき根本的な課題を明確に定義します。「誰(ユーザー)は、何(ニーズや課題)に困っており、それはなぜ(原因)か」という形で課題を再定義することで、その後のアイデア発想の焦点が定まります。
- アイデア発想(Ideate): 定義された課題に対し、アート思考で生まれたコンセプトを道しるべとして、多様なアイデアを自由かつ多角的に生み出します。ブレーンストーミング、KJ法、ワールドカフェなど、様々な手法を用いて、実現可能性にとらわれず、質より量を重視して発想します。改修の方法、提供するサービス、運営体制、資金調達方法など、幅広い側面からアイデアを出します。
- プロトタイピング(Prototype): 出されたアイデアの中から有望なものを絞り込み、低コストかつ短期間で試せる形に具体化します。これは実際の改修工事の前に、模型、図面、VR、模擬イベント、ウェブサイトのモックアップなど、様々な形式で行えます。例えば、イベントスペースであれば一度地域の公民館で模擬的なイベントを開催してみる、カフェであればテストキッチンでメニューを試作するなどです。
- テスト(Test): 作成したプロトタイプを実際のユーザーに使ってもらい、フィードバックを得ます。そこで明らかになった課題や改善点を踏まえ、再び定義やアイデア発想のフェーズに戻り、プロトタイプを改良します。この反復プロセスを繰り返すことで、利用者のニーズに合った、より実現性の高い再生計画を練り上げることができます。
デザイン思考のプロセスは、特に改修計画や空間設計、提供サービスの内容を具体化する際に有効です。計画段階でしっかりとユーザーの視点を取り入れ、試行錯誤を重ねることで、完成後のミスマッチを防ぐことができます。
持続可能な運営設計へのアート思考・デザイン思考応用
拠点再生後、それを地域に開かれた持続可能な場として運営していくことこそが、真の地域課題解決につながります。ここでもアート思考とデザイン思考は重要な役割を果たします。
- 利用者体験(UX)のデザイン(デザイン思考): 拠点を訪れる人々がどのような体験をするかをデザインします。空間の雰囲気、スタッフや他の利用者とのインタラクション、提供されるプログラムやサービス、情報発信の方法など、全てが利用者の満足度やエンゲージメントに関わります。「訪れることで、利用者にどのような感情や行動の変化が生まれるか」という視点で、細部まで配慮した設計を行います。
- コミュニティ形成の仕掛け(アート思考・デザイン思考): 単なる「場所」ではなく、「人」と「人」がつながる「場」となるための仕掛けをアート思考の問いやデザイン思考の反復プロセスで検討します。例えば、共通の興味を持つ人々が集まるワークショップ、地域の課題について語り合う対話イベント、地域資源を活用したアートプロジェクトの実施など、参加者が自然と関わり合い、主体的に活動したくなるような機会を創出します。
- 収益モデルの多様化と価値の言語化(アート思考・デザイン思考): 持続可能な運営には経済的な基盤が不可欠です。利用料、物販、イベント収入、補助金、クラウドファンディングなど、複数の収益源を組み合わせることを検討します。この際、アート思考で追求した無形の価値(地域のつながり、新しい視点、創造性など)をどのように可視化し、共感を呼ぶ形で伝えるか(ストーリーテリング、ブランディング)が、資金調達や協賛獲得においても重要になります。デザイン思考のプロトタイピングを用いて、新しいサービスや収益モデルを小規模で試してみることも有効です。
- 運営体制の柔軟性と継続的改善(デザイン思考): 運営メンバーや地域住民が主体的に関われるような柔軟な体制を構築します。デザイン思考の「テスト」のように、運営していく中で出てくる課題に対し、関係者と共に解決策を考え、試行錯誤を重ねながら改善していくサイクルを回すことが重要です。
実践上の課題と対処法
小規模拠点の再生と運営においては、いくつかの共通の課題に直面することがあります。
- 予算制約: 限られた予算の中で最大の効果を出すためには、アート思考による創造的な発想と、デザイン思考による優先順位付け、低コストなプロトタイピングが役立ちます。DIYを取り入れる、地域の専門家や学生と連携する、クラウドファンディングを活用するなど、発想を転換することが求められます。
- 住民の無関心: アート思考で魅力的なコンセプトを打ち出し、デザイン思考で住民のニーズに基づいた体験設計を行うことが、関心を引く第一歩です。しかし、すぐには反応が得られないこともあります。焦らず、小さなイベントやワークショップを繰り返し実施するなど、地域との関係性を地道に構築していく姿勢が重要です。対話を通じて、「自分ごと」として捉えてもらえるような働きかけを続けます。
- 運営体制の構築と維持: 一部の熱意ある人間に負荷が集中しがちです。デザイン思考の共感プロセスで、多様な住民のスキルや関心事を把握し、それぞれの得意なことを活かせる役割分担を検討します。また、運営の意義や目的をアート思考で明確に共有し、共感を維持することが、メンバーのモチベーション継続につながります。
まとめ
アート思考とデザイン思考は、小規模地域拠点の再生と持続可能な運営において、単なる建物の改修や機能の提供にとどまらない、創造的で人間中心のアプローチを可能にします。アート思考で「なぜこの場所が必要なのか」「どのような価値を生み出すのか」という本質的な問いを立て、独自性の高いコンセプトを生み出し、デザイン思考でそのコンセプトを地域や利用者のニーズに合わせて具体化し、実践と改善を繰り返します。
これらの思考法を組み合わせることで、地域固有の資源や文化を活かしつつ、住民が主体的に関わり、愛着を持てる「新しい居場所」を創り出すことができます。成功には、短期的な成果だけでなく、地域との対話を重ね、試行錯誤を厭わない粘り強い実践が不可欠です。本稿が、地域での小規模拠点づくりに取り組む皆様の一助となれば幸いです。