問いと共感で深める地域対話:アート思考・デザイン思考ファシリテーション実践
地域課題解決における対話の重要性とアート・デザイン思考の可能性
地域課題の解決は、単一の主体や専門分野だけで成し遂げられるものではありません。多様な立場の人々がそれぞれの経験や知識を持ち寄り、対話を通じて共通認識を築き、協働へとつなげていくプロセスが不可欠です。しかしながら、地域の現場では意見の対立、無関心、過去の経緯による不信感など、対話を困難にする要因が少なくありません。効果的な対話の場をいかに設計し、進行していくかは、地域活性化プロジェクトにおける重要な鍵となります。
このような状況において、近年注目されているのが、アート思考とデザイン思考を対話やワークショップのファシリテーションに活かすアプローチです。アート思考は既存の枠組みに囚われず「問い」を立て、本質や多角的な視点を探求することを促します。一方、デザイン思考はユーザー(この場合は地域住民や関係者)への「共感」を出発点とし、課題の定義からプロトタイピング、テストまでを繰り返す実践的なプロセスです。これらの思考法を組み合わせることで、従来の課題解決アプローチでは掘り下げきれなかった地域の複雑な側面を捉え、参加者の内発的な動機や創造性を引き出し、より建設的な対話を生み出すことが期待できます。
本稿では、アート思考とデザイン思考の考え方を、地域課題解決のための対話・ファシリテーションにどのように応用できるのか、その具体的な手法や考え方についてご紹介します。
アート思考とデザイン思考が対話にもたらす価値
アート思考とデザイン思考は、それぞれ異なる強みを持ちながら、対話の質を高める上で相補的な役割を果たします。
アート思考:問いの力で対話の視点を広げる
アート思考は、「なぜそうなるのか」「本当にそれで良いのか」といった根源的な問いを立てることから始まります。地域課題解決の文脈では、これは表面的な問題だけでなく、その背景にある価値観、歴史、感情、無意識の前提などを掘り下げることを意味します。
- 固定観念の打破: 当たり前とされていることや、長年解決されずにいる課題に対して、異なる角度から問いを投げかけることで、参加者の思考を刺激し、新しい視点や可能性に気づかせます。
- 本質への接近: 課題の根本原因や、地域の持つ潜在的な魅力といった、簡単には言葉にならない、あるいは見過ごされがちな本質に迫る対話を促します。
- 多様な解釈の受容: アート作品のように、一つの事象に対して多様な解釈や感じ方があることを認め、参加者それぞれの視点や感情を安心して表現できる場を作ります。
ファシリテーターは、参加者に対して単なる情報共有や意見交換に留まらない、深い思考を促す「良い問い」を投げかけることが求められます。
デザイン思考:共感を土台に対話を深め、形にする
デザイン思考は、人間中心のアプローチです。地域課題解決においては、実際にその課題に直面している人々、つまり地域住民や関係者の視点に徹底的に寄り添う「共感」から出発します。
- 深い理解の促進: 参加者のニーズ、感情、経験、抱える困難などを深く理解しようと努めることで、表面的な意見交換に終わらず、感情や背景にある文脈を含めた豊かな対話が可能になります。
- 共通言語と見える化: 複雑な状況や抽象的なアイデアを、ジャーニーマップやペルソナ、コンセプトスケッチなどの視覚的なツールを用いて共有し、参加者間の共通理解を深めます。
- アイデアの具体化と検証: 対話で生まれたアイデアをプロトタイプ(試作品や計画のたたき台)として具体的に表現し、それに対するフィードバックを得ながら改善を重ねることで、対話の成果を実現可能な形へとつなげます。
デザイン思考は、対話を単なる話し合いで終わらせず、共感を核とした理解を深め、具体的なアウトプットへと結びつける力を持っています。
アート思考・デザイン思考を活かした対話・ファシリテーションの実践ステップ
これらの思考法を地域課題解決の対話に導入するための一般的なステップと、具体的な手法を紹介します。
ステップ1:対話の目的と場のデザイン(デザイン思考的アプローチ)
どのような課題について、誰と、どのような状態を目指して対話を行うのかを明確に定義します。参加者の属性、期待される成果、時間、場所などを考慮し、対話の「場」全体をデザインします。
- 参加者への共感: 参加者がどのような関心や懸念を持っているかを事前に把握し、彼らが安心して発言できる雰囲気づくりや、興味を持って参加できるプログラム構成を考えます。
- 物理的・時間的デザイン: 円になって話すレイアウト、リラックスできるBGM、休憩時間の確保、視覚的なツール(模造紙、付箋、ホワイトボードなど)の準備など、対話が弾む物理的な環境や、参加者の集中力が持続する時間設計を行います。
ステップ2:課題へのアート思考的な問いかけ(アート思考的アプローチ)
対話の開始時に、参加者が普段考えないような、本質を突く問いを投げかけます。これは、常識を揺さぶり、新しい視点を提供することを目的とします。
- 例:「この地域が失いたくないものは何ですか?」「もし〇〇(課題)が完全に解決したら、どんな未来になりますか?」「この場所から"当たり前"を一つなくすとしたら何ですか?」
- 問いの共有: 問いに対する参加者それぞれの内省や意見を共有する時間を設けます。正解はなく、多様な考えを受け止める姿勢が重要です。
ステップ3:共感と体験の共有(デザイン思考的アプローチ)
参加者それぞれの立場や経験を共有し、互いの感情や考えに深く共感するプロセスを組み込みます。
- ストーリーテリング: 課題に関連する自身の経験やエピソードを語る機会を設けます。個人的なストーリーは、情報だけでなく感情を伝え、聞く人の共感を呼び起こしやすい手法です。
- リスニングセッション: 少人数グループに分かれ、一人が話している間は他の人はひたすら傾聴し、後で感じたことを共有する時間を設けるなど、聞くことそのものを重視するセッションを取り入れます。
- フィールドワークの共有: 課題に関わる場所を実際に訪れたり、対象となる人々の生活に触れたりした経験を写真や映像と共に共有し、仮想的な共感の機会を作ります。
ステップ4:アイデアの発想と多様性の受容(アート思考・デザイン思考的アプローチ)
共感と問いかけから得られた深い理解をもとに、多様なアイデアを発想します。この段階では、奇抜に見えるアイデアや、実現可能性が低いと思われるアイデアも否定せず、すべてを受け止めます。
- 非言語表現の活用: 言葉だけでなく、絵、ジェスチャー、粘土などの素材を用いてアイデアを表現する時間を設けることで、論理的な思考だけでは生まれにくい発想を引き出します。
- ブレインストーミングの工夫: 批判禁止、自由奔放、質より量、結合・発展といった原則に加え、アートカードや写真など、視覚的な刺激を用いてアイデアの発想を促すツールを用いることも有効です。
ステップ5:アイデアの具体化とプロトタイピング(デザイン思考的アプローチ)
生まれたアイデアの中から可能性のあるものをいくつか選び、より具体的な形にします。これは完璧な計画ではなく、あくまで「試すためのたたき台」と位置づけます。
- 簡易プロトタイプ: ワークショップ中に、付箋や段ボール、レゴブロックなどを用いてアイデアの概念模型を作ったり、寸劇でサービスの流れを演じたり、ウェブサイトのラフスケッチを描いたりと、短時間で物理的な形にする作業を行います。
- フィードバックと改善: 作成したプロトタイプを他の参加者に見せ、率直なフィードバックをもらいます。「良い点」「気になる点」「質問」など、具体的なフィードバックを収集し、アイデアを洗練させていきます。
現場で直面しがちな課題と対処法
アート思考やデザイン思考を取り入れた対話・ファシリテーションは強力ですが、現場ではいくつかの課題に直面することがあります。
- 「遊び」や「アート」への抵抗感: 伝統的な会議に慣れた参加者にとって、非日常的な手法や抽象的な表現に対する戸惑いや抵抗が生じることがあります。
- 対処法: なぜこれらの手法を取り入れるのか、その目的と期待される効果を丁寧に説明し、参加者の理解を得る努力が必要です。最初は小規模な試みから始めたり、手法そのものの面白さや学びを伝えたりすることも有効です。
- 成果の見えにくさ: 表面的な合意形成だけでなく、関係性の深化や意識変容といった無形の成果が大きいため、従来の指標ではその価値が見えにくい場合があります。
- 対処法: 対話のプロセスそのものの変化(例:発言量の増加、多様な意見の出現、笑顔の増加)や、参加者の声(「〇〇さんの話を聞いて見方が変わった」「初めて自分の意見を正直に言えた」)を丁寧に拾い上げ、成果として言語化・可視化することが重要です。終了後のアンケートやインタビューも有効です。
- ファシリテーターのスキル: アート思考・デザイン思考を取り入れた対話は、従来のファシリテーションスキルに加え、創造性を引き出す問いかけや、多様な表現を受け止める柔軟性、場を安心安全に保つ力がより強く求められます。
- 対処法: ファシリテーター自身がこれらの思考法を学び、実践を重ねることが不可欠です。共同ファシリテーションやメンター制度などを活用し、スキルアップを図ることも有効です。
まとめ:創造的な対話で地域を動かす
アート思考とデザイン思考をファシリテーションに活用することは、地域課題解決に向けた対話の質を飛躍的に向上させる可能性を秘めています。アート思考がもたらす「問い」の力は、参加者の内省と新しい視点を促し、課題の本質に迫る対話を生み出します。一方、デザイン思考が核とする「共感」と「プロトタイピング」は、参加者間の理解を深め、対話で生まれたアイデアを実現可能な形へと具体化する力を与えます。
これらの思考法は、単なる手法の羅列ではなく、参加者一人ひとりの創造性、経験、感情を尊重し、多様な意見が安心して表現される「創造的な場」をデザインするための考え方です。すぐに完璧な実践は難しいかもしれませんが、まずは小規模なワークショップや会議の一部に要素を取り入れることから始めてみてはいかがでしょうか。問いを立て、共感を深め、アイデアを形にするプロセスを通じて、地域における対話はより豊かになり、そこに集う人々の間に新しい信頼と協働の可能性が生まれることでしょう。このアプローチが、地域の未来を共に創造していくための一助となれば幸いです。