地域に眠る宝を探す:アート思考とデザイン思考で「見えない」地域資源を発掘する実践
はじめに:地域課題解決は「見える」資源だけでは足りない
地域課題の解決に取り組む際、私たちはしばしば既知の観光資源や産業、伝統文化といった「見える」地域資源に目を向けがちです。もちろんこれらは重要な出発点ですが、時にそれだけでは課題の根深い原因にアプローチできなかったり、地域に真の変革をもたらすことが難しかったりします。地域に眠る、あるいは住民にとっては当たり前すぎて価値として認識されていない「見えない」潜在的な資源を発掘し、その価値を見出すことこそが、持続可能で創造的な地域活性の鍵となります。
この記事では、アート思考とデザイン思考という二つの思考法が、どのように「見えない」地域資源の発掘に役立つのか、そしてその実践的なステップについて解説します。これらの思考法は、既存の枠組みにとらわれず、人々の内面に深く寄り添うことで、新たな視点や潜在的な可能性を引き出す力を持っています。
なぜアート思考とデザイン思考が地域資源の発掘に有効なのか?
地域資源の発掘というと、地理的な調査や統計分析、既存情報のリストアップなどが思い浮かぶかもしれません。しかし、アート思考とデザイン思考は、これらとは異なるアプローチを提供します。
アート思考:視点を問い直し、新たな「気づき」を生む
アート思考は、既成概念や常識を疑い、「なぜそうなのか?」「本当にそうなのか?」と本質的な問いを立てることから始まります。地域においても、「これはこうあるべきだ」「これは昔からこうだから」といった思い込みにとらわれず、異なる角度から物事を見ることを促します。
- 視点の転換: 日常で見過ごしている風景、人々の何気ない行動、歴史の断片などに対し、「これは一体何だろう?」「別の見方はできないか?」と問いを立てることで、当たり前の中に隠された可能性を見出します。例えば、単なる空き家も「地域の人々が集まる可能性を秘めたキャンバス」と捉え直すことができます。
- 違和感の探求: 地域活動の中で感じる「何か違う」「しっくりこない」といった違和感を無視せず、その原因を深く探求します。この違和感が、既存の課題や見落とされている資源へのヒントになることがあります。
- 異分野からの示唆: 全く関係ないと思われるアート作品や自然現象、他の地域の事例などからインスピレーションを得て、地域の状況に当てはめて考えることで、予期せぬ資源の発見につながることもあります。
デザイン思考:人々の共感を通じて、潜在的なニーズと資源を理解する
デザイン思考は、常に「人」を中心に置き、彼らの抱える課題や潜在的なニーズを深く理解することからスタートします。地域資源の発掘においても、住民の声や行動、感情に寄り添うことで、彼らが価値を感じているにも関わらず言語化できていないもの、あるいは当たり前すぎて気づいていないものを見つけ出す手がかりを得ます。
- 共感(Empathize): 住民一人ひとりの話に耳を傾け、彼らの視点に立って地域を体験します。単なるヒアリングではなく、生活の様子や抱える想いを深く理解しようと努めます。このプロセスを通じて、表面的な課題の下に隠された、人々の願いや、それを叶える可能性を秘めた地域の要素が見えてきます。
- 定義(Define): 共感のプロセスで見えてきた無数の情報から、解決すべき本質的な課題を定義します。この過程で、課題解決に繋がりうる地域の「見えない」資源が、文脈の中で意味を持ち始めます。
- アイデア(Ideate): 定義された課題に対し、多様なアイデアを創造します。この際、発掘された潜在的な地域資源が、ユニークなアイデアの源泉となります。
- プロトタイプ(Prototype)とテスト(Test): アイデアを素早く形にし、住民と共に試すプロセスを通じて、発掘した資源の実際の価値や活用の可能性を検証します。
地域に眠る「見えない」地域資源を発掘する実践ステップ
アート思考とデザイン思考のアプローチを組み合わせ、地域に眠る資源を発掘するための具体的なステップを以下に示します。
ステップ1:発掘の「問い」を設定する(アート思考的アプローチ)
何を発掘したいのか、なぜ発掘するのか、という大元の問いを設定します。これは必ずしも具体的な「何か」を見つけるという目的ではなく、「この地域の〇〇という現象は何を意味するのだろう?」「この地域の人々の日常に潜む豊かさとは何だろう?」といった、探求心に基づいた問いでも構いません。既存の地域課題から逆算するだけでなく、純粋な好奇心から出発するアート思考的な問いが、予期せぬ発見に繋がります。
ステップ2:共感と観察を深める(デザイン思考的アプローチ)
設定した問いを持ちながら、地域の人々の生活の中に入り込み、共感と観察を徹底的に行います。
- フィールドワーク: 普段歩かない道を歩き、五感をフルに使って地域を感じます。音、匂い、光、手触りなど、非言語的な情報に意識を向けます。建物の隙間、道の端、使われていない場所などにこそ、見落とされている資源が隠れていることがあります。
- 非公式な対話とインタビュー: 喫茶店、商店、公園など、人々が日常を過ごす場で、形式張らない対話を行います。彼らが何に喜びを感じ、何に困っているのか、どんな些細なことでも耳を傾けます。「昔はこうだった」「これは当たり前だけどね」といった話の中に、資源の種が隠されています。
- 住民視点の体験: もし可能であれば、住民と同じような日常を体験してみることも有効です。通勤・通学路を歩く、地元のスーパーで買い物をする、地域の行事に参加するなど、追体験を通じて初めて気づく視点があります。
ステップ3:違和感と共通項を記録・共有する(アート思考+デザイン思考)
フィールドワークや対話を通じて得られた情報、特に「なぜだろう?」「これは面白い」「これは共通しているな」といった違和感や気づき、そして人々の願いや課題に関する情報を丁寧に記録します。写真、音声、メモ、スケッチなど、形式は問いません。
チームや関係者とこれらの情報を共有し、それぞれの視点から意見を出し合います。「あの人が話していた〇〇は、もしかしたら△△という資源と繋がるのではないか?」「あの場所の雰囲気は、◎◎という活動に使えるかもしれない」といった議論を通じて、点と点が線になり、潜在的な資源の輪郭が見えてきます。
ステップ4:発見を「資源」として意味づけ、価値を見出す
記録・共有した情報の中から、これは地域課題の解決や新たな魅力づくりに繋がりそうだと感じられる要素を抽出します。単なる「モノ」だけでなく、人々のスキル、地域独特の文化や慣習、歴史的なエピソード、自然環境の特定の側面、コミュニティの結びつきなども重要な資源となり得ます。
抽出した要素に対し、「これがどのように地域課題を解決しうるか?」「誰にとってどのような価値があるか?」「どのように活用すれば最大の効果を発揮するか?」といった問いを立て、資源としての意味づけを行います。この段階で、どのようなプロジェクトや活動に繋がる可能性があるか、具体的なアイデアと結びつけて考えることが重要です。
ステップ5:プロトタイピングとテストを通じて価値を検証する
発掘した資源とその活用アイデアが本当に価値があるのか、机上の空論で終わらせず、小規模なプロトタイプ(試作品や試行プロジェクト)を通じて検証します。例えば、発見した古民家とそこに集まるのが好きな人々を繋げ、「お茶を飲むだけ」の小さな場を期間限定で開いてみる、といった具合です。
住民や関係者の反応を見ながら、資源の持つポテンシャルや活用の方向性を具体的に探ります。このプロセスを通じて、資源の新たな側面が見えたり、当初想定していなかった価値が明らかになったりすることもあります。失敗も貴重な学びとして次に繋げます。
実践上の留意点とよくある課題
地域に眠る資源の発掘は、常に順風満帆に進むわけではありません。いくつかの留意点と課題が存在します。
- 住民との信頼関係: 最も重要なのは、地域の人々との信頼関係構築です。短期間の滞在や表面的な関わりでは、真の資源は見えてきません。時間をかけ、誠実な姿勢で地域に寄り添うことが不可欠です。
- 「当たり前」の壁: 住民にとっては当たり前すぎて価値に気づいていないものを見出すには、外部からの新鮮な視点が必要です。同時に、その「当たり前」の背景にある文化や歴史への敬意を忘れてはなりません。
- 予算・時間の制約: 特に小規模プロジェクトでは、調査や対話にかけられる時間や予算に限りがある場合があります。この場合、焦らず、まずは身近な範囲や特定のテーマに絞って集中的に取り組むなど、現実的なアプローチが必要です。
- 発見で終わらせない: 資源を発掘すること自体が目的ではなく、それを地域課題解決や活性化にどう繋げるかが重要です。発掘した資源をどのように活かすか、具体的な計画と実行力が求められます。
- 成果の見せ方: 見えない資源やその価値は、定量的なデータで示しにくい場合があります。発見プロセスや、それによって生まれた人々の変化、地域にもたらされた微細な良い兆候などをストーリーとして語ることが、関係者の共感を得る上で有効です。
まとめ:アートとデザインの視点が地域に新たな光を当てる
アート思考とデザイン思考は、地域にすでに存在するにも関わらず見過ごされてきた「見えない」潜在的な資源を発掘するための強力なツールとなります。アート思考による視点の問い直しと違和感の探求は、当たり前の中に隠された可能性を照らし出し、デザイン思考による深い共感と実践的な検証プロセスは、その可能性を具体的な価値へと繋げます。
地域課題の解決は、単に既存の資源を効率的に活用するだけでなく、地域に眠る新たな宝を見つけ出し、それに光を当てることで、より創造的で多様な未来を切り拓くことができます。ぜひ、これらの思考法を地域での実践に取り入れ、あなたの地域ならではの「見えない」資源を発掘し、新たな価値創造に挑戦してください。