地域プロジェクトにおける価値観の衝突を乗り越える:アート思考・デザイン思考による対話と共創
はじめに:地域課題解決プロジェクトに潜む「価値観の衝突」
地域課題解決のためのプロジェクトを進める際、多様な背景を持つ人々が関わります。地域住民、自治体職員、NPO関係者、外部の専門家など、それぞれの立場や経験、そして「地域をどうしたいか」という価値観は異なります。こうした多様性こそが地域活性化の源泉となり得ますが、同時に意見の対立や、時には感情的な摩擦といった「価値観の衝突」を引き起こすことも少なくありません。
特に、新しい試みであるアート思考やデザイン思考を導入しようとする際には、従来のやり方や効率性を重視する価値観との間で抵抗が生じる場合があります。こうした衝突を避けて通ることは難しく、プロジェクトの停滞や関係性の悪化を招く要因となり得ます。
本稿では、地域プロジェクトにおいて unavoidable な課題ともいえる価値観の衝突に対し、アート思考とデザイン思考がどのように有効なアプローチを提供できるのか、具体的なプロセスと実践のヒントをご紹介します。これらの思考法は、単に新しいアイデアを生み出すだけでなく、異なる価値観を持つ人々を結びつけ、共に未来を創り出すための対話と共創を促進する力を持っています。
アート思考とデザイン思考が価値観の衝突にどう立ち向かうか
価値観の衝突は、多くの場合、「何が正しいか」という結論や主張のぶつかり合いとして現れます。しかし、その根底には、それぞれの個人やコミュニティが大切にしている信念、過去の経験、未来への不安、あるいは満たされていないニーズなどが存在します。表面的な議論だけでは、これらの根深い要因に光を当て、真の理解に至ることは困難です。
ここで、アート思考とデザイン思考の特性が力を発揮します。
- アート思考の「問いを立てる力」: アート思考は、既存の枠組みや常識を疑い、「なぜそうなるのか」「本当にそうだろうか」と根源的な問いを立てることを重視します。価値観の衝突においては、「なぜそのように考えるのだろう?」「その意見の裏には何があるのだろう?」といった問いを通じて、対立する意見そのものではなく、その背景にある思考や感情、価値観に焦点を当てることを促します。これにより、表面的な対立を超えた深い理解への道が開かれます。
- デザイン思考の「共感」と「プロトタイピング」: デザイン思考のプロセスは、まず徹底的な「共感」から始まります。これは、相手の立場に立って、その感情やニーズ、隠された課題を深く理解しようとする姿勢です。価値観が異なる相手に対しても、先入観を持たずに耳を傾け、その「なぜ」を理解しようと努めることが、信頼関係構築の第一歩となります。また、アイデアを「プロトタイプ」として形にし、小さく試してフィードバックを得るプロセスは、言葉だけでは伝わりにくいニュアンスや、互いの懸念点を具体的に共有する場を提供します。共に「試行錯誤」する体験を通じて、共同で解決策を見つけ出すプロセスそのものが、対立を乗り越える共創へと繋がります。
これらの思考法を組み合わせることで、価値観の衝突を単なる「問題」としてではなく、「多様な視点からの学び」と捉え直し、創造的な解決へのエネルギーに変えることが可能になります。
実践ステップ:価値観の衝突を共創の機会に変える
具体的なプロジェクト推進の中で、アート思考・デザイン思考のアプローチを価値観の衝突解消に活用するステップをご紹介します。これはデザイン思考のプロセスをベースに、アート思考的な問いや視点を取り入れたアプローチです。
ステップ1:深く「共感」し、「問い」を立てる - 衝突の背景にある価値観を理解するフェーズ
対立や摩擦が生じたとき、すぐに解決策や反論に飛びつくのではなく、まずは立ち止まり、状況を深く理解することに努めます。
- 徹底的な傾聴: 対立する意見を持つ人々の話を、評価や判断を挟まず、ただひたすら丁寧に聞きます。「なぜそう思うのか」「どんな経験がその考えに至らせたのか」「何を最も懸念しているのか」「何を大切にしたいのか」といった根源的な問いを心の中で、あるいは対話の中で投げかけます。
- 観察: 発言だけでなく、非言語的な情報(表情、態度、場の空気)からも、彼らの感情や大切にしていること、潜在的なニーズを読み取ろうとします。
- 多様な視点からのインプット収集: 関係者一人ひとりへの個別インタビュー、少人数での対話会、あるいはアンケートやワークショップなどを通じて、異なる価値観や意見、そしてその背景にあるストーリーを収集します。アート思考の視点から「当たり前」を疑い、「なぜ?」を掘り下げる問いを設計することが重要です。
ステップ2:衝突の「本質的な課題」を再定義するフェーズ
収集した情報をもとに、表面的な対立の裏にある、関係者共通の、あるいはそれぞれの立場における本質的な課題や、実は共有しているかもしれない「共通の願い」を特定します。
- インサイトの共有と構造化: 集めた意見や背景にある価値観、感情などを可視化します。ワークショップで付箋に書き出してグループ化する、カスタマージャーニーマップやステークホルダーマップを作成するなど、様々なツールが有効です。これにより、個々の意見がどのように繋がり、どのような構造の中で衝突が起きているのかを関係者全員で共有します。
- 課題の再定義: 表面的な「A vs B」という対立構造ではなく、「私たちは、〇〇という共通の目標に対して、△△という課題を抱えている」といった形で、より高次の視点から課題を再定義します。この際、アート思考的な「問い」を用いて、「この対立は、私たちに何を気づかせようとしているのだろうか?」「この状況を、全く別の視点で見たらどうなるだろう?」といった問いを投げかけることで、凝り固まった見方を解きほぐします。
ステップ3:多様な価値観を活かした「アイデア」を生み出すフェーズ
再定義された課題に対し、異なる価値観を持つ人々が共に、創造的なアイデアを生み出します。
- ブレインストーミング&発想法: 批判をせず、自由な発想を奨励する安全な場を設定します。対立していた人々が、共通の課題に対して「共に考える」という体験をすることが重要です。アート思考の発想法(例:制約を設ける、異分野の発想を取り入れる)やデザイン思考の発想法(例:Worst Possible Idea、How Might We)を活用し、多様なアイデアを引き出します。対立していたからこそ生まれる、ユニークな視点からのアイデアがあるはずです。
- アイデアの収束と発展: 出てきたアイデアを、再定義された課題や共通の目標に照らして評価し、具体的な形にしていきます。
ステップ4:「プロトタイプ」で試し、共に「学習」するフェーズ
アイデアをいきなり本格実施するのではなく、小さく形にして試します。このプロセスそのものが、対立を乗り越え、共に学び、信頼を築く機会となります。
- プロトタイプの作成: 解決策のアイデアを、模型、ストーリーボード、簡単なサービス体験、ロールプレイングなど、様々な形で具体的に表現します。完璧である必要はありません。重要なのは、触れたり体験したりできる形にすることです。
- テストとフィードバック: 作成したプロトタイプを、価値観が異なり対立していた関係者を含む様々な人々に試してもらい、率直なフィードバックを集めます。「これなら不安が解消されるかもしれない」「この点については、まだ懸念がある」といった具体的な反応を得ることが目的です。
- 共に改善: 得られたフィードバックをもとに、プロトタイプを改善します。この「共に学び、共に改善する」プロセスを繰り返すことで、関係者間の理解が深まり、共通の解を見つけ出す共同作業が進みます。プロトタイプは、言葉だけでは難しい合意形成を助け、具体的な懸念や期待を共有する「対話の道具」となります。
事例:公共空間の利用を巡る価値観の衝突を越えて
ある地域の駅前広場の利用を巡り、静かな憩いの場としたい住民グループと、イベント等で賑わいを創出したい若者グループの間で意見が対立しました。従来の話し合いでは平行線でしたが、デザイン思考とアート思考を取り入れた以下のプロセスで変化が生まれました。
- 共感フェーズ: それぞれのグループへの丁寧なインタビューを実施。「なぜ静かさを求めるのか(過去の騒音トラブルへの不安、高齢者の休息ニーズ)」「なぜ賑わいを求めるのか(若者の活動場所不足、地域への愛着表現、外部交流への期待)」といった背景にある価値観と感情を深く掘り下げました。
- 課題再定義フェーズ: 集めた声から、表面的な「静かさ vs 賑わい」ではなく、「多様な世代や目的を持つ人々が、互いを尊重しながら心地よく過ごせる広場にするには?」という共通の、より包括的な課題として再定義しました。
- アイデア創出フェーズ: 両グループに加えて自治体職員も参加し、「問い」を起点としたワークショップを実施。「もし広場が音楽になったら、どんな音がする?」「もし広場が生き物だとしたら、どんな姿?」といったアート思考的な問いや、「How Might We(どうすれば私たちは)異なるニーズを満たせるか?」といったデザイン思考的な問いを通じて、斬新なアイデアが生まれました。「時間帯でエリアを区切る」「期間限定で小型のアートインスタレーションを設置し、広場の新しい使い方を提案する」「互いの活動を理解するための交流イベントを企画する」などです。
- プロトタイピング&テストフェーズ: いくつかのアイデアを、実際に小さなイベント開催や、広場の一部を使ったミニマルなレイアウト変更として「プロトタイプ」で試行しました。高齢者向けに午前中だけ静かな読書スペースを設ける試みや、若者が企画した小規模パフォーマンスに対し、反対派だった住民が「これくらいなら良いね」「意外と面白い」と具体的なフィードバックを提供。プロトタイプを通じて互いの意図や影響を具体的に理解し、懸念点の解消に向けた建設的な対話が進みました。
この事例のように、アート思考とデザイン思考は、対立する意見そのものを変えようとするのではなく、その背景にある人間的な側面を理解し、共に試行錯誤するプロセスを通じて、より良い解を共同で見つけ出す力を引き出します。
留意点と課題
アート思考・デザイン思考を用いた価値観の衝突へのアプローチは万能ではありませんし、常にスムーズに進むわけではありません。いくつかの留意点があります。
- 時間と労力: 価値観の深い理解や、プロトタイピングを通じた試行錯誤には、相応の時間と労力がかかります。短期的な成果を求められる状況では、このプロセスを十分に踏むことの理解を得る必要があります。
- ファシリテーションの質: 関係者間の信頼関係を築き、安全な対話空間を創り出し、多様な意見を引き出してまとめるファシリテーターのスキルが極めて重要です。アート思考やデザイン思考のプロセスに通じたファシリテーターの存在が望ましいでしょう。
- 全ての解消は難しい: 全ての対立が完全に解消され、全員が100%満足する結論に至るとは限りません。アート思考・デザイン思考のアプローチは、対立を「解消」することに加え、「共存」や「相互理解」の質を高めることに重点を置きます。完全に一致しなくとも、互いの価値観を尊重し、共に進むための「落としどころ」や「共創の形」を見つけ出すことを目指します。
- 形式主義に陥らない: ツールやプロセスをなぞるだけでなく、根底にある「他者を理解しようとする姿勢」「未知を探求する好奇心」「失敗から学ぶ柔軟性」といったアート思考・デザイン思考の精神を大切にすることが成功の鍵です。
まとめ:価値観の衝突を創造的地域活性のエネルギーに
地域課題解決プロジェクトにおいて価値観の衝突は避けられない現実です。しかし、これを単なる障害と捉えるのではなく、多様な視点からの学びや、より創造的な解決策を生み出すための機会と捉え直すことが重要です。
アート思考とデザイン思考は、この困難なプロセスに立ち向かうための強力なフレームワークを提供します。根源的な「問い」を立てて対立の背景にある価値観を深く理解し、徹底的な「共感」を通じて関係性を築き、アイデアを「プロトタイプ」として形にしながら共に「試行錯誤」することで、表面的な意見の対立を超えた、本質的な課題解決と関係性の再構築を目指すことができます。
これらの思考法は、対立を乗り越え、地域における真の対話と共創を実現するための、実践的な羅針盤となるでしょう。地域に根ざした活動において、創造性を活かしながら多様な人々との関係性を丁寧に育むことが、持続可能な地域活性化に繋がるのです。